他愛無いこと

昨日まで寒い寒いと思っていたのに、雨が降ったら暑くなった。数日前の天気予報で、キャスターが「雨が高気圧を呼び込むので暑くなりますよ」と言っていたことを思い出す。恋人にひどく冷たい雨が降った夜にそう伝えたら、うそだ、といっていたけれど、今日、彼は半そでシャツの脇に汗をにじませていたのでちょっと勝った気がする。

十月末に入籍する予定なので、新居に置く家財を見て回っている。物事を二人で決めようとすると大体いさかいが起こって、昨日もご多聞に漏れず喧嘩をした。しょうもないことなのだが、一年間前に結婚した後輩夫婦も家財のことではよく喧嘩したというので、まあそういうものなんだろうと思う。
喧嘩したまま、恋人は私の実家にやってきて、私の両親と一緒に夕飯を食べた。ほっくりたけた里芋がおいしいといい、母が漬けた彼と同じ年数の梅酒を飲んで喜んでいた。帰り際、私の車の中で、彼は小さく「ごめんね」といった。私は「いいよ」と言った。彼はほっとしたように、目を閉じる。お酒に酔って眠くなったのだという。私の肩にもたれかかり、かすかに寝息を立てていた。

今日は、彼の実家にお邪魔した。婚姻届の証人欄に彼のお父さんの名前をもらっていたからだった。ついでにごはんも食べたら、といって、近くの喫茶店に行き、彼のお父さん、お母さんと一緒にごはんを食べた。たわいもない仕事の話なぞして、日当たりがよく少し暑い店内で不思議に気持ちのよい時間をすごした。アイスコーヒーが炭焼きなのか、しっかりした味がした。
そうして実家に戻ると、庭に茗荷が生えているといい、お父さんが茗荷をとってくれた。花が咲いているから、いいものだけ持って帰りなさい、とざるにこんもりと盛られた茗荷には、確かに白い花がふわふわ咲いている。茗荷が生っているところも、茗荷の花も初めてみたので妙に興奮してしまって、茗荷を洗うお母さんと、少し盛り上がった。野生のような茗荷は、店に並ぶような鮮やか赤紫色ではなく、たくましく黒っぽい紫色をしていた。

帰りに不動産会社により、家電量販店をいくつか周り、ああだこうだと言って最後は少し大きなショッピングセンターの中にある、ゲームセンターでメダルゲームをして遊んだ。
夕飯にはお好みやきと、焼きそばと、もんじゃやき。ハスキーな声のお姉さんが運んでくれるそれらはどれもおいしくて、二人でにこにこして食べた。

どうしても笑顔になってしまうときがある。決定的に楽しいことがなくても、面白いことがひとつもなくても、ただただ、じわりと胸の奥からくすぐられているような気がして、うれしくなってくる。そうすると、目の前にいる人のことがいとおしくて、かわいくて、ああ、幸せにしてくれてありがとう、と思う。目の前の人もきっと同じ気持ちでいてくれているのだと思うと、また、うれしい。それがわかる。この人もきっとうれしいと思ってくれるのだと。

気持ちが通じ合わないこともある。いつも思うが、こんな風に幸せに思うのもこの一瞬だけだ。別にこれが一か月も三か月も一年も十年も長続きするわけでもない。

それでも、どうしても笑顔になる。他愛無いことが、うれしい。