子供の頃に世界を救った話

(第一回SS合評参加作品)

僕たちはきっと長生きできない。
僕達が成人する頃に、世界は滅びる。

いつだって「終末」を意識していた。どんな時も心のどこかで「終末」のことを考えていた。それはまるで詩歌の結句みたいに、あらゆる思考に纏わりついてきた。

学校で頑張って勉強しよう。でもやがて世界は滅びる。
友だちと遊ぶのは楽しい。でもやがて世界は滅びる。
今日のご飯はおいしい。でもやがて世界は滅びる。
将来どんな大人になりたい? でもやがて世界は滅びる。

なにしろ「終末」の訪れを裏付ける情報はそこら中に溢れていた。身近な人間の噂から本やテレビに至るまで、いろんな声が人類の危機に警鐘を鳴らしていた。極めつけは「1999年に空から恐怖の大王が降ってくる」というフランスの医師が残した有名な大予言で、友だちの間でもさまざまな解釈をするのが流行していた。核戦争、大地震、火山噴火、宇宙人侵略、環境破壊、悪性ウィルス。どんな形で「終末」が訪れるのか結論は出なかったが、1999年という近い未来は僕の中で強烈な存在感を放っていた。口ではデタラメな予言と馬鹿にしながらも、気にせずにはいられなかった。もし予言が本当だとしたら、どうすれば「終末」を回避できるのか考えていた。

話は変わるが、あなたはいつまでサンタクロースの存在を信じていただろうか。僕の両親はサンタクロースの演出について、かなり「うまくやった」ほうだと思う。小学校中学年だった僕はサンタクロースの存在を信じていた。クリスマスの朝に枕元に置かれるプレゼントは、これまで僕が体験した唯一の超常現象だった。僕の願いを聞き届けてくれる神秘的な存在。サンタクロースなら人類を滅亡の運命から救ってくれるかもしれない。

僕はその年のクリスマスプレゼントとして「人類を滅亡から救うこと」をお願いすることに決めた。欲しかった玩具は我慢することにした。玩具の代わりに人類を救う。随分虫の良い取引だと子供心に思った。もしかしたらサンタクロースはこの条件では納得してくれないかもしれない。それならこれが僕の最後の願いごとになっても構わない。何歳までプレゼントが貰えるのか知らないが、僕に与えられたプレゼントを貰う権利全てと引き換えにどうか人類を救って欲しい。僕の最後のクリスマス。

「今年はサンタさんに何をお願いするの?」

クリスマスが訪れるまでの間に、何度か両親が探りを入れてきた。僕は答えなかった。自分の大それた願いを知られるのが恥ずかしくて、答えることができなかった。幼い子供の崇高な自己犠牲の元に世界は破滅を免れる。きっと誰も僕の行ないに気づかない。それでもいい。人類を救うためなら。

結果として、それは僕の願いどおり最後のクリスマスとなった。僕がサンタクロースの存在を信じていた最後のクリスマス。その朝、枕元には地元のデパートの包み紙に入った天体の図鑑が置かれていた。僕の願い事は世界を変えた。サンタクロースのいる世界から、優しい両親がサンタクロースを演じる世界へ。

やがて時は流れ、あの1999年が訪れる。この年、僕は無力でプライドばかり高い大学生になっていた。いろんな出来事があり、自分が思っていたほど優秀ではないことを思い知らされた。まともな大人として生きてゆける自信がなかった。ひどく自殺したかったがその勇気もなかった。いっそ世界が滅びてしまえばどんなにいいだろう。僕は幼い頃に意識した「終末」に心のどこかで期待していた。でも何も起きなかった。友だちとバンドの真似事をしたり、バイト先のバーでお客さんと『スター・ウォーズ エピソード1』の話で盛り上がったり、Dragon Ashのライブに行ったりしているうちに僕の1999年は暮れていった。

それから15年以上の時が経つ。人類はまだ滅亡していない。まともな大人として生きる自信がなかった僕も、それなりに生き続けている。1999年にバイト先で知り合った女性と結婚して、二人の子供を授かった。毎年子供たちにクリスマスプレゼントを用意するのは楽しい。彼らは今のところサンタクロースの存在を信じているようだ。世紀末の狂騒とは程遠い平坦な日々。僕たちがそんな平坦な日々を過ごせているのは、もしかしたら僕の幼い日の願いが世界を救ったからかもしれない。


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