ドリームハイツ(10)


 秘匿されたサスペンス。言語郎はそれから十年の間、王宮の地下牢に幽閉された。神たるコーン・フレークを踏み割った者は年齢性別問わず全てこれを死罪とする、というこの地方の法律が、結果的に彼の身を極刑から守ったことになる。言語郎の罪はコーン・フレークに水をかけてふやけさせたことであり、彼は決してそれを踏み割りはしなかったのだから。王宮の裁判官たちは前代未聞のこの犯罪に対する処罰の決定に思い悩み、結論が出ないまま彼を地下牢へと封じ込めた。そして無為の十年が経ち、言語郎は牢で五十歳の誕生日を迎えた。
 ちょうどその頃、長年この地方を治めていた王が死んだ。王は男児に恵まれなかったため、後継は他国から婿入りしたばかりの若い養子が務めることになった。
 若い王は先王の政治手法を引き継ぎつつも、形骸化した慣例や経費の無駄に次々とメスを入れ、あたらしい政治を押し進めた。彼はバランス感覚に長けた優秀な人材であり、変わらないものとあたらしいものの調整に見事な手腕を発揮した。この地方を統制するにあたって変えてはいけないものが存在することはわかりきっていたし、その存在への理解を表明することが、臣下からの信頼を獲得するいちばんの近道だった。
 しかし、いまや王の身とはいえ、彼とてこの地方に来たばかりのひとりの若者には違いない。この地方にしかない特殊な習慣の数々は彼を大層驚かせたが、その代表格が神の存在だった。
 変えてはいけないもの。人々が熱心に信仰するその神に対して疑いを挟むなどということが、この地方の王として最もなすべきことでないくらい、どんな能足りんにだってわかるだろう。
 しかし王たる身の上である彼が決して口に出すことは出来ない心の叫び、我々はいまそれをここに代弁することが出来る。曰く、「えっ、コーン・フレークが神様なの? コーン・フレークってあのコーン・フレーク? だってそこら中に散らばっちゃってるじゃん。泥まみれで汚いじゃん。神様だったらもっと大事にしたらいいじゃん……えっ、なに? 踏んだら死刑なの? 地面いっぱいに撒いてあるのに? なんだそれひでぇな。もうちょっとましな神様ほかにあっただろうによ。コーン・フレークってなあ。何だそれって感じだよ。笑っちゃうよね。ばかみたい」
 などなど。

 そしてある夏の日、若き王はただひとり王宮の地下へと下り、牢獄の言語郎を訪ねるのだった。

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