ドリームハイツ(12)


 曖昧なるサスペンス。言語郎は六十歳になり、この地方に住む人々の平均寿命をはるかに超える年齢を迎えていた。
 偉大なる発明の功績に免じた特赦を受け、牢から出され自宅に戻ることができた彼は、その後も自身の発明である反重力装置の改良を続けた。わずか数年で小型化、低コスト化が可能となり、もはや民家の扉のような大きな木材を必要とせず安価で量産できるようになった反重力装置は、たちまち人々の間に普及した。装置はいまや手のひらにすっぽり収まるほどのサイズになり、人々は晴れ渡る青空の下、ポケットに入れた反重力装置を操作して気楽な空中散歩を楽しんだ。地上の神に気兼ねなく外出できるようになった彼らは明るく活動的になり、晴れの日の外出がつまり投獄、処刑を意味することはなくなった。身体を軽くするために痩せ細る必要もなくなったために食生活は豊かになり、人々の肉体は健康になった。
 二十年前のあの快晴の日、王宮で母親が処刑されたあの日が言語郎にとっての人生の転機であった。それからの苦難の日々を言語郎はことあるごとに振り返り、この成功を自慢に思った。むろん彼は反重力装置の開発から利益を得ようとはせず、装置はすべて必要経費の回収だけで人々に提供された。彼は以前にまして人々から尊敬され、毎日のように貢ぎ物が届き、老齢の独り暮らしにも関わらず、それでも彼は何の不自由もなく生活ができた。
 人々からのリクエストに応え、言語郎はその後も反重力装置に電話機能やメール機能を追加し、おまけにカメラ機能の追加にまで成功した。ちょっとしたお遊びのつもりで始めたエロ画像の有料配信アプリが爆発的なヒットを記録し、彼に存外の利益をもたらしたこともあった。そしてGPSを利用した位置情報の取得について研究中であった彼はある日、その人生における二度目の転機を迎えることになる。
 その日早朝から続けていた研究に疲れ、自宅の寝床で昼寝中だった言語郎は、突如鳴り響いた土砂崩れのような轟音と、自らの身体を打ちつける固い痛みで目を覚ました。
 覚醒した彼の見たもの。それは彼が自身の人生において常にともに歩みを進め、よりどころとしてきた科学と哲学による認識を根底から覆す、厳粛なる奇跡であった。
 天井から、大量のコーン・フレークが彼の身体に降り注いでいた。
 神の土砂降り。土砂降りの神。
 眼前で起こる奇跡を正視できずに言語郎は頭から毛布にくるまり、もはや忘れかけていた祈りの言葉を唱えながら震えていた。
 コーン・フレークは部屋中の床を埋め尽くすまで数分間、轟音をとどろかせながら室内に降り続けた。
 神が降り注ぐ音が止み、再び部屋に訪れる静寂。言語郎は毛布の中から這い出した。震えは未だ止まらなかった。寝床の上に立ち上がり、天井をくまなく調べる。そこにはどんな小さな穴も開いておらず、固い石造りの壁があるだけだった。
 呆然とした言語郎が、ふと床に降り積もった神の御姿を見やる。
 神はその姿をすべて、粉々になるまで砕かれていた。

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