ギョソ(4)


 「自由とは、いったいどういうことでしょう」
 そんなぼんやりとした質問を、いきなり見ず知らずのオオアリクイから投げかけられても困ってしまう。しかも普通のそこいら辺にいるオオアリクイではない。体長四メートルほどの並外れて巨大な獣が、私の前に二本脚で立っていた。獣の長い体毛が、夏の陽射しを浴びて虹の七色に輝いている。
 もっとも、そのオオアリクイは私にとって全くの見ず知らずというわけではない。それはさっきまで可愛らしい少女の姿でオレンジのスカートをひらひらさせていた、一体のギョソであることを私は前もって了解している。じゃあちょっとそこで見ててね、と子供が鉄棒の技を披露するような態度でもって、彼女はいまオオアリクイの姿を私に向けて見せているのだ。
 「それは固着しない、ということなのかも知れません」
 大き過ぎる身体を持て余すように、オオアリクイが不安定なバランスで歩き始める。
 「私がオオアリクイの姿をあなたに見せることができるのは、私の選んだ自由です。私はひとつの姿に固着しない。どんな姿をも選ぶ自由があるのです。しかし問題は、あなたにそれを受け取る能力があるかどうかということ。私に自由を選択する能力があったとしても、あなたにそれを受け取る能力がないのならば、それはただのでたらめです」
 きっと巨大過ぎるのだろう。オオアリクイはとても歩きにくそうだ。二、三歩行ったところで、毛むくじゃらの右脚が、傍らに停まっていたライトバンに当たって重苦しい音を立てる。
 「あッ」獣が甲高い声を上げ、自らの巨体をぶつけたライトバンを手で支えようと試みる。しかし自動車を支える為には出来ていないオオアリクイの手。それに触れられたライトバンは、更にばらばらと壊れてしまう。
 テール・ランプの割れた破片が、赤と黄色の花びらみたい。
 壊しちゃった、と彼女が言う。今はもうオオアリクイであることをやめ、ピンクとオレンジで彩られたいつもの姿に戻っている。ギョソの足下に、鮮やかな色の花びらが散乱している。
 「どうですか。私が何に見えましたか」
 ギョソに問われ、私は答えを迷っている。それに追い討ちをかけるように、ギョソが最初の質問を繰り返す。
 「自由とは、いったいどういうことでしょう」
 ここは彼女たちが住むギョソンの中。真夏の陽射しが目眩を誘う。
 そう、この街はいつだって『ギョソン』と呼ばれた。アスファルトに囲まれた海のない街であるから、漁師が住んでいるわけではない。『ギョソの住む村』だからギョソン。現代の人々は、駄洒落にもならないそんな言葉づかいを好んで止まない。

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