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誕生日おめでとう!に「おめでたくないのよ~」といわれて

長いことヨガのインストラクターをしてきて、心と身体の健康って、おなじことだなぁと、深く感じているヨガイントラ&セラピストの櫻子です。
デトックス、要らないものを無くしていくマイナスな施術をメインにしています。

ヨガスタジオの受付をしているとお誕生日が近い人がマークアップされます。スタジオとしては、「声掛けせーよ」ってことですね。

毎日ではないけれど、かなりの頻度でどなたかのお誕生日にあたります。
そして、「おめでとうございます!」とお祝いします。

すると、「もう、齢とりたくないのにねぇ」と言われることが結構な確率であります。
お顔を見ると本気で嫌がってるわけではなさそうなんですが、かなりこのお返事、あります。

今まではずーっとそのままにしてたのですが(先日もそのままにしましたけど)、ふと、「ふむ、むむ?」と思ってしまい。

「えへ、ありがとう!」って言ってもらえたら、嬉しいのになーと思いました。

例えば、
「おたんじょうびおめでとうございます!」
「もぉ、いい歳で、齢とりたくないのよぉ~」
「えー、おめでたいじゃないですか~」
みたいなやり取りになりますね。
人によっては「そんなお歳に見えないですよ、お若い♡」みたいなのもありますね。

お祝いに、否定の返事、さらにそこに否定の返事、ってなんだかなーってふと思ってしまって。

似た感じで、
「スタイルいいですね!」
「ええー、ぜんぜんそんなことないよ~」
「ううん!絶対、すっごくきれい!」
みたいな会話もよくありがちなんですが。

わたしは口下手なのでおべっかみたいのは苦手でほんとにいいなぁと思った時だけそれを伝えるんですけど(販売員当時、試着した服が似合っているとはわたしは思えないけど本人は気に入ってるというジレンマのときは、服を褒めてたり、コーディネートを提案するようにして、「お似合い♡」とはいわなかった)、それ、否定されちゃうと、なんだか悲しいなー、困るなーって。

褒められて嬉しいけど自信がないからダメ押ししてほしいとか、褒められて嬉しいけどそのまま受け取ったら「思いあがってる」とか反感持たれちゃう?という不安的要素からきてるのかなとか、単純に照れてるのかとか、考えれば思いつくんですけど、それよりもなんていうか、いわゆる”謙譲の美徳”っていうので、習慣的にそういう受け答えなかんじが多いかな、とも思います。日本の文化?

謙譲の美徳って、うっとぉしい。
もうやめたらいいのに。

褒められたのをそのまま受け取ったら、思いあがってる?とか思いつくの、怖い。
受け入れてもらうために、自分を落とす、そんな文化が根付いてるのって、不健康。

たぶん、ずっと、わたしがそれで生きてきたから、余計に嫌悪感を感じるのだとはうすうす気づいています。

とくに、”愚息”とか、大嫌いです。”不肖の息子”なんて、ありえない。
「おこさん、かわいいですね~」と横にいる子どもを褒められたとして、「いえいえ~、わがままで~。〇〇ちゃんの方が、お利口で~」みたいのも苦手です。

ママはわたしのことわがままとおもっているんだ。
かわいいとおもってないんだ。

という認識をこどもに与えてしまう。最悪です。

それとも、ほんとうにお誕生日のお祝い、してほしくないんですかね?
どうなんでしょう?

わたしの場合は「おめでとう」と言ってもらえたら、嬉しいです。
だって、やっぱり、特別な日ですよ。自分にとっては。

お誕生日おめでとう!と言われて、「ありがとう!」と受け答えしてもらいたいというのは、わたしの想いを否定されたくないというわがままなんですかね。
「おめでたくない」のは言われた側の意識だから、「あなたはそうなんだね」と受け止めたらいいのかも、というところでしょうか?

むむむ。

さしあたり、わたしができることは息子くん、娘ちゃんを褒めてもらったときに「そうなの!ありがとう!!」ということかな、と思いました。

あと、ヨガのクラスでも褒めまくりますよ。
だって、ほんとうにたくさんのことができている、その上でさらに自分にダメ出しをしちゃってる人たちが多いので。
よい出し文化が広がると、機嫌がいい人が増えて、なんかいいと思います。

ん?とすると、「お誕生日おめでとう!」に「もういいのに~」といわれたらやっぱり「いーえー!お誕生日、この世界に生まれてきてくれたことに、このご縁にありがとう!!おめでとう!!」ですかね。
マイナスにはマイナスをかけて、プラスに転換!?

Eテレ みぃつけた!オフロスキーの「せかいのどこかでおめでとう」


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