見出し画像

佯狂者

前置き

この作品はFM言ノ葉の「第8回 きっとあなたの1400字」という企画に投稿した作品となります。

なお、以下の記事も実はふまえていたりします。

本文

表紙

初めに、ことばがあった。
ことばは神とともにあった。
ことばは神であった。

ヨハネによる福音書 第1章第1節より

 あと、我が家までもう少しだ。
 今日も一日の勤めを終え、自宅の最寄り駅で電車を降りる。上司に叱られてばかりの毎日が早く終わってくれると良いのだが、なかなか終わりそうも無い。何かできることがあればよいと思いつつも、一日一日が過ぎてゆく。帰ったらパンを食べて、シャワーを浴びて、寝ようか。そう思っていた。
 そんな駅のホームに、人だかりが出来ていた。その様子を覗いていると、なんと何も着ていないおじさんが叫んでいた。
「神がいなければ、全ては赦される!」
 全裸中年男性……私は厄介なものに出会ってしまった。しかも言っていることが、何やら抹香臭い。おそらくは薬物依存なのか、それとも精神を病んでいるのか。もしかすると、なんかのカルトかもしれない。
「私は捕まるだろう」
 当たり前だ。全裸で騒いでいて、捕まらない方がおかしい。
「だが、なぜ私が捕まるのか、考えてみるんだ!」
 わけが、わからない。そんな様子で遠巻きに眺めていた、その時だった。
「……あ、こちらです!」
 駅員に連れられて警官がやってきた。彼は人の輪をかき分けると、全裸の男に手錠をかけたのだった。だが、男の言葉は止まらない。
「なぜ捕まったか……それは、神がいるからなのだ!」
 やはり、こいつの頭はおかしい。言っている事への理解が追いつかないのだ。毛布を被せられ、連行されていく男。連れて行かれようとするときでさえ、男は叫び続けた。
「神がいるからこそ倫理があり、道徳があり、法がある。その法を犯したがゆえに、私は捕まったのだ!」
 自分で破っておいて、何を言うか。
「だが、主はその罪を赦すだろう。我々の罪はすべて深刻ではある。だが、悔い改めさえすれば、主はその罪を赦すのだ……」
 そこまで言われて、やっと男の言葉がわかったのだ。このおじさんは、狂ったふりをして教えを伝えているのだ。昔、イエスは「ふしだらな女」が石を投げられているのを見て、罪のないものだけが石を投げなさいと諭したのだ。人間が神から離れていくことを罪とするなら、罪を犯していないものはいないのだ。その後、誰も石を投げなかった。だとしたら、悔い改めることは神の元に返ることなのだ。そして、我々は罪を犯さずに生きられないのだ。だからこそ、他人の罪を責めるよりは、自分の罪を悔い改めることが神の意にかなうのだ。そして、人に愛を施すことも。だから、他人を責めたり憎んだりするより、誰かに優しくできる自分になろう。
 翌朝は良い気分で起きられた。また上司に叱られに行くのかと思うと気が重かったが、私は気を取り直して出社することにした。いつもの駅のホームにたどり着いてみると、また人だかりが出来ている。お婆さんが、線路に落ちてしまったのだ。
 とっさに、身体が動く。私は線路に飛び込むのではなく、非常停止ボタンを押していた。駅のホームに、ブザーが鳴り響く。なんで止めるんだよと怒る人もいる。そして、電車はホームの手前で停止した。お婆さんは、助かったのだ。
 お礼を言う駅員に、私はこう言っていた。
「苦難の人を助けるという、人として当たり前の事をしたまでです」
 誰かを助けることは、誰かに助けられることに繋がっているのだ。だから、私は、いろいろな人を助けたいのだ。それが、神の意にかなうと思っているから。

幻のVRC恵比寿駅


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?