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「幸せ」という感情は存在しない

よりよく生きたいと願うなら、1週間に1度でも、人生について考えてみる時間を持ってみよう〜ユダヤ人の成功哲学を直接、先祖代々資産家のビバリーヒルズの長老から受けて育ったRyu Julius (岩野竜, 陳 頌文) 氏(以下、ジュリアス師匠)によるzoomお話会の記録記事です。

冷え込む日の晩にお風呂に浸かったら、しあわせ。

愛するパートナーと子どもとのんびり過ごす休日、しあわせ。

好物のお鮨に舌鼓を打つ、最高にしあわせ。


「はあ~幸せ」と思ったり、よく口にも出すけれど、それは幸せという感情を感じたから、「幸せだなあ」と思ったり言ったりするものだと、私は思っていました。

ところが幸せは感情ではない、のだそう。

「幸せ」という感情は存在しない

カルフォルニア大学の研究で、人間の感情の種類は2185種である、という発表があります。

だけど意外なことに、その2185種類の中に「幸せ」という感情はないのだそう。

そもそも感情とは何かといえば、「刺激への反応」です。


幸せは感情ではない、というのはつまりどういうことか。

それは、幸せとは「なにか幸せを感じさせる特定の刺激があった時の、それに対する生物的な反応」ではないということ……


幸せって「感情」ではなく、頭でコントロールできる「概念」なのです。


私たちの多くはきっとこう思っています。

幸せを感じるには、幸せという感情を誘うような特定のできごとが必要だ、と。

もっとかみ砕いて言えば、「私、〇〇だったら幸せなのにな~」の「〇〇」が必要だ、と私たちは思っている。


でもそうではないのだと師匠は言います。
幸せって、自分で意味づけをするものなんです、と。

「概念」だから、自分でいくらでも意味づけできるもの。
それが「幸せ」……


だからたとえば「寒い日にお風呂に入ろうが、入らなかろうが、幸せ」なのです。

「寒さをしのげるあたたかいお家とおふとんがあって幸せ」。
「幸せ」は「寒い日に湯船に浸かる」という刺激への反応、ではないのだから。


「幸せをくれるもの」を求めない


「幸せになるためには、幸せという感情を誘う特定の〇〇が必要だ!」と思っていると、その「〇〇」が手に入らないといつまでも幸せになれない、ということになってしまいます。

そして「〇〇」が手に入っても今度は「△△」を、その次は「■■」を、と求めてさまようことになる。

だから幸せになりたければ、「自分に幸せをくれる〇〇」を求めるのをやめようという、ある意味逆説的な話になります。


「自分に幸せをくれる〇〇を求める」のではなくて、
「どんな状況にあっても、それを『幸せ』と捉える自分なりの意味づけができるようになること」、それこそが幸せになるための道、なのです。

では「どんな状況にあってもそれを『幸せ』と捉えられる自分なりの意味づけをできるようになる」ためにはどうすればいいか。

それにはポイントが2つあるので、続きの記事でそれを書きたいと思います。


読んで「ふむふむ、なるほどね〜」と思ってくださった方へ。私の記録記事を読むのと、実際にジュリアス師匠の声、表情、その美しい生きざまを感じさせるオーラを目撃しながらお話を聞くのとでは、雲泥の差があります。
J師匠による人生のお勉強会はどなたでもお試し参加可能なので、ぜひ一度参加されることをおすすめいたします。♡(毎週火曜日21時〜)
1週間に1度だけ、ちょっと立ち止まって人生について考える時間をもってみることは、心の栄養になります。
ご興味のある方はこちらにDM、もしくはcandybell.anna@gmail.comまでご連絡くださいませ。


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