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花枝さん Ep3 in the elevator

花枝はなえさん(仮名)67歳(本当は72歳)は私の職場におられる現役最年長パートタイマーだ。

 突然ではあるが、皆さんはエレベータに閉じ込められた経験はあるだろうか。
私自身は無いのだが、閉じ込められた経験のある人を何人か知っている。そのうちの一人が花枝さんである。

 私の職場は荷物の運搬や移動でエレベータをよく使う。所謂、人荷用というやつだ。ご存じとは思うが人を乗せる目的のあるこれは法定点検が必要な機械である。過去には(ウチの会社ではない)死亡事故もあるくらいだから誤作動その他による事故はあってはならないゆえに法律で点検が義務付けられている。

 しかし機械、やはり故障はある。また地震とかで止まることもあるし火災警報と連動で止まることもある。システム上、何かあった時は最寄りの階で止まり扉が開き、乗っていた人は脱出できるように設計されているのだろうが、いきなりガクンと止まって扉は開かず缶詰状態になることも少なからずあるのだ。うちの会社のエレベータが古いのか、まさにそういう故障の仕方をすることが過去にあった。

その不運な事故に花枝さんは巻き込まれたことがある。

 当時の状況。エレベータが1階に降りてくる際にその事故が起こった。エレベータのかごの中には花枝さんとあと2人の若い社員。(男女)が乗っていたらしい。その時私は1階で到着を待っていた。上の階へ行く矢印ボタンランプを押下し点灯する。そしてそのすぐ上のほうに現在いる階数の表示は確か8階位(たぶん)を表示していたと思う。

 普通なら階数が8→7→6とか表示されるが、その瞬間表示が消えた。まさかエレベータが停止したとはすぐに気づかない。表示が壊れたのかと思っていた。何分かそのまま待っていたがその状態は変わらない。そうこうしているうちにビルの設備の人がやってきて「すんませ~ん、エレベータ故障したんで階段で移動してください」と言いながら『点検中』と書いた紙を操作ボタンのところに貼り、携帯でどこかと連絡をしだした。

 私はその時はまだ花枝さんらが中にいるとは知らなかったので、階段を昇り目的の階まで行き、仕事に戻った。

 どれくらいの時間が過ぎたあとかは忘れたが、顔色のわるーい2人組が帰ってきた。私はその時一人作業をしていたので、社内が大騒ぎになっているのを全然知らなかった。なにが大騒ぎって、御年67歳(本当は72歳)の当社の現役最年長パートタイマーが缶詰になっていたのである。そりゃそうだろう。体調が悪くなったりして倒れたら大変なことになる。

 以下はその顔色のわるーい2人組から聞いた話をもとに再現した3人のやり取りだ。

 たまたまその3人は乗り合わせた。「お疲れさんでーす」と2人が花枝さんに声を掛けながら乗り込む。花枝さんは最後に乗った。
3人は同じ階で降りるので行き先ボタンを押す。
押して扉が閉まったと同時に『ピーピー』と言う音が鳴った。
男性社員は「ん?」女性社員は花枝さんとしょーもない事を話してたらしい。
音が鳴り止まないうちに照明がいきなり消えた。
「きゃー」「うわー」「なに?」
上のセリフの順番は女性社員、男性社員、花枝さんだ。
(あくまでも聞いた話)

「え、えっ、ええ、嘘、なに、真っ暗、とまった? えっ、マジ?」
男性社員がパニくる。
「いや、うそ、え、ええっ、え、え」
女性社員は「え」と「うそ」を連発する。
(実際、女性社員から話を聞いた時も、「え」「うそ」多発中だった。まだ興奮してたのだろう)

「早くボタン押しなさいよ」
暗闇の中で花枝さんの声が響く。
「ボタンって電気消えてるし、第一、動かへんのに」と男性社員が言う。
「そんなこたーわかってるわよ!だから真っ暗なんでしょ、バカ!呼び出しするのよ!」
暗闇の花枝さんが再び吠える。
「えー、暗いから」
女性社員は持っていたピッチ(社内連絡用のPHS)の液晶をかざすと、なんとかぼんやりとボタンの位置が分かった。長押しして呼び出す。

「はい、防災センターです」
「エレベータ止まりました」
「そうみたいですね……」実際にはこのあと防災センターの担当者の言葉は続いているのだがその、『そうみたいですね』の言葉にプチンときた方がいた。

「アナータ!!そうみたいじゃないでしょ!!何やってるのよ!早く動かしなさい!!」
暗闇に花枝さんの怒号が響く。その時女性社員は思わずしゃがみ込んだらしい。何故かはわからなかったと言っていた。恐怖だろうと私は推察した。暗闇のではない。怒号のだ。

「すんません、すぐ対応してますけどもう少しお待ちを……」
「早くしなさいよ、アナータ、どれくらいかかるの!?」
「かごの位置がちゃんとしたとこに無いと扉を強制で開けられへんのですわ。それがわかったら開けられますから」
「せめて電気つかへんのですか」男性社員が聞く。
「も少し待っててください」

 2~3分後に照明は点いて、外から扉をたたく音がしたらしい。
「おーい、ここにおるでー」男性社員が叫ぶ。
「そんなのわかってるでしょ、むこうは。バカね、アナータ」
花枝さんは冷静に突っ込む。
男性社員は「そりゃ、そうですよね」と言い黙ってしまったらしい。

 そして、また数分後、扉がメンテナンスの業者の手で開けられる。
外の光が天国のように感じたと女性社員は話していた。
どいて!と一番先に花枝さんが降りて行った。

「あー無事でよかった。体調は……」と外で待っていた人事の人の声かけも聞かず、ぴゅーっと小走りに花枝さんは去っていった。

 後に残った皆は
「あんな怒鳴ってたけど、花枝さんも怖かったんやで、きっと」
「そりゃそうやろ、ゆうてもな」
「ちょっとかわいいなあ」
「ほんまやな~」

 皆の一件落着の笑顔だった。 
という話を2人から聞いた。

 でも私は知っているのだ。真実を。

 その後、終業時間近くで後片づけをしている花枝さんを見かけたので声を掛けた。
「花枝さん、さっきは大変だったらしいですね。気分とか悪くなかったですか?」

 花枝さんは私の顔をみて「…」と、また例のちょっとした間をおいてから

「そりゃ、大変だったわよ。アナータ、あたりまえでしょ」
「え? 気分悪かったんですか? 大丈夫ですか?」

「お〇っこ 我慢してたから大変だったわよ」

「あ、ああ……」

小走りの意味を知っているのはたぶん私だけだ。しかしトイレと言ってよ。



Ep4 に続くと思う

花枝さんは実在の人物です。尊敬してます。いい人です。
このエピソードは実話をもとにしています。

Mrs. Robinson
Simon & Garfunkel
この動画はYouTube側によって適正に著作権管理されています。






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