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世界はここにある㉙  第二部

「東都電力総監センターの山下です。センター長につないでください」
 中都電力総合監視センターのつつみ主任技師は緊急回線の連絡にすぐ反応した。

「堤です。東都さん、大変なことになってるようですね。ネットワークはつなげてます。そちらへの送電は需供のバランスを今、調整してるのでもう少し時間がかかるかと……」
「違うんです、中都さん、今すぐ、ネットワークを遮断してください。そちらの配電ネットワークも切るんです!」
 山下が緊迫した声質で叫ぶが、堤は異常な申し出を理解できなかった。

「何言ってるんです? そちらが送電をいらないのはいいですが、こちらもネットワークを遮断したら、何の問題もないウチも全域で停電させろと言ってるのと同じことですよ!バカな事言わないでくださいよ」
「今すぐ遮断させるんです。でないと日本の電力は全てやられます。うちは、東都はたぶん、もうすでに乗っ取られてます。対策ができるまでそちらも…… ああ、センター長はいないんですか?」

「そんなバカな話をセンター長にできませんよ。何を根拠にそんなことを……」

 山下は語気を強める。
「やらないと、各需要家のスマート設備が全部やられる。相手の狙いは根元だけじゃない!末端までのすべてなんだ!」

 堤はその言葉に絶句した。日本の電力ネットワークは他社配電網も全て網羅している。電力自由化によって設備、システムの整備と共有が進み日本全国で様々サービスを需要家は受けることができるようになった。
例えば東都の発電網がダウンしても中都、北都の電力、あるいは西都の電力も需要と供給の調整を経て今や東京に送ることもできる。それはこのシステムのおかげだ。そしてスマートメータに代表される端末の情報管理がそのシステムの運用を可能にしている。

 その端末がハックされたら、日本中の家庭や企業が電力を受け取れないことになる。発電、送電が何の問題も無いのに受け取る側が消えてなくなるのと同じだ。
停電だけではない。出口と入口の両方を抑えられた日本の電力エネルギーは完全に仕掛けた相手の思い通りになってしまう。インフラ全体を破壊することなくまさに盗まれてしまうのだ。そしてそれに対抗する手段は自ら発電や送電を止めるしかない。

 堤は返答した。

「センター長に報告します。ただしすぐには止められせん。まずは予告しないとそちらと同じパニックを引きおこすことに……」

 その時、不気味にも思えるアラーム音が中都総監センターに鳴り響く。所員がモニターを見て堤に叫んだ。

「堤さん ダウンです! なんで?…… 全域がダウンです!」


☆☆☆☆☆☆


 闇が正体を現さないまま消えていく。陽が昨日までと変わりなく東京を照らしはじめた。だが陽の光が明らかにしたのは、世界有数の近代都市がその機能を奪われ狼狽える様子であった。電力を奪われた都市の主たちは最初、ほんの数分、または数時間で復旧されるものと誰もが思っていた。自家発電や非常用発電により最低限の電力を確保する施設も少なくはなかった。しかしそれは元に戻ることが前提であり、ましてや日本中がそうなることなど想定している筈がなかった。

 先の戦争やその後いくつかの自然災害で一時的に経験したものと比較しても、またそれらを知らない人々は尚更にこの事態は最悪だと感じたろう。文明と命を支えるものを一瞬に、そして完全に取り上げられた人々が、無秩序になっていくことは容易に想像できる。
仮に他国に比べ日本人が特異な民族だとしてもだ。

 阿南総理は東都電力だけでなく、日本全国の配電ネットワークを強奪され、僅か1時間ほどでこの国のエネルギーが完全にテロ集団に掌握された事実を突きつけられた。

「東都からの復旧めど、対策報告は」
「代替システムも含めネットワークは完全に停止しています。ハード面での対応で最重要施設への送電を始めようとしていますが、最低でも2~3日の時間を要すると……」
「各戸への送電は」
「まったくわからないと。今の時点では」
 阿南は友安官房長からの返答に、執務机の椅子に倒れ込むように体を預けた。

「国民への説明の準備はできてるか」
「新聞各社は統一の内容での全戸配布号外を準備しています。しかしこれも印刷や配布手段を確保するのに時間がかかります。通信メディアに関しては逐次情報を流していますがこれも非常用設備での配信です。受ける側も停電している以上、どれだけの国民が情報を共有できているかはまだわかりません」
「警察、消防に混乱は?」
『今のところ報告はありません」
「自衛隊の治安出動は」
「午前9時には各方面隊が出そろい警察と協力し警備活動の任に着きます」
「そうか……」
 
「総理」
 友安官房長の呼びかけに、阿南はすぐに反応できなかった。それは彼が30分前にしたクリス米大統領との5分ほどの電話会談の最後の言葉を思い返していたからだった。

阿南タカ、ロシアの極東部隊と中国海軍が動きを活発にしている。すでにもう彼らはジャパンの現状を分析しある程度把握している。わが軍も防衛のための作戦行動を開始した。タカ、最悪の事態を想定して動いてくれ。相手は『自由戦線』だけでない。下手をするとアジア全体のパワーバランスが一挙に崩れる」

「総理!」
 再度の友安の呼びかけに阿南は答えた。
「官房長、内調からの報告はなにか……」
「小田は外に控えています」
「すぐに入れて」
「総理」
「なんだ、他に何かあるのか!」
 阿南は語気を荒げる。

「武力攻撃事態対処法による自衛隊出動を正式に発表すべきかと」
「テロ攻撃と認めろと? それは早計だ。まだ相手もなにもわからんだろ!ここは慎重に事態を分析するべきだ」
 阿南は友安の具申に自分の心情を読まれていると感じ苛立ちが増した。
小田内閣調査室長が阿南の前に進み出る。

「何か掴んだか?」
「各地の米軍基地はどこも緊急呼集があったようです。防衛省からの報告もあるはずですが、かなり緊迫した動きと思えます。米メディアは取材を始めており、数時間のうちに米国でこの事態が放送されると思われます。これは日本国へのテロ攻撃という論調であるのは間違いないです」
「クリス大統領は本気だな……」
 阿南はそう言って唇を噛んだ。小田は総理の様子を見て、首脳同士の間で何かあると感じた。それはこの事態をより複雑なものにする何かであると。

「それともう一つ気になることがあります」
「なんだ?」
「昨日の反社組織の構成員が殺害された件ですが、これに関わっていた疑いのある車両を追跡したところ調布飛行場に立ち入ったことがわかりました」

「調布? 何のためだ? まさか大島に潜伏していることはあるまい」
「それは何とも今のところは…… ただそこから早朝にヘリが離陸しています。それも米海兵隊所属機が一機」
「なんだと!」
 阿南は深く持たれていた椅子から立ち上がる。
「発進したヘリは海へ出たと思われます。使用許可や事前通達はありませんでした。明らかに米軍の協定違反行為でありますが、現在も米側から報告はありません」
「裏で米軍は実行犯と通じているというのか」
「もしくは主体がアメリカという可能性も」

「何を企んでいる! 同盟国を売るつもりか……」
 阿南と友安はお互いに見合った。

「総理! すぐに会議室へ」
 電話を受けた佐伯第一秘書官が阿南に叫ぶ。
「今度はなんだ!」

「『ダヴァース』を名乗る人物が官邸の通信回線に侵入、総理との会見を求めています」



㉚へ続く


★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。

エンディング曲
Fortunate Son - CCR (Creedence Clearwater Revival)


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑
世界はここにある㉒
世界はここにある㉓
世界はここにある㉔
世界はここにある㉕
世界はここにある㉖
世界はここにある㉗
世界はここにある㉘


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