いつのまにか、かさぶたがカラフルなプラスチックになっていた。
大人10年目になりました。
未だに18歳そこらの感性と変わっていないと思いつつ、なんだか上っ面の形だけ、大人になってしまった気がします。
図書館で詩集「たいようのおなら」や「一年一組せんせいあのね」という、児童書の中でもかなりロングセラーな作品を読んでいると、子ども心を忘れない大人になりたかったのに、やれ便利だ、やれロジックだ、やれコレが賢いとか、たくさん「ふつう」にわたしは振り回されて来たな…と、ふと思いました。
たくさん、そういうので傷ついて、たくさん自分で隠すように蓋をしてきたら、かさぶたがなんだかプラスチックでできているように見えて。
蛍光色のピンク・イエロー・グリーン・ブルーに、ラメ入り、透明、マーブル模様。見ているだけでチカチカします。
昔の人だったらどうなんだろう。
すりガラスかもしれない、セルロイド、アルミみたいな硬いのかもしれない。木や植物、貝、もっともっと古いなら骨とか石とかかもしれない。
昔の人がわたしのプラスチックのかさぶたを見て、いいなー!って思うかもしれない。きれいで、色がいっぱいで、種類があって、軽くて、硬くて、便利。
でもわたしは、石とかガラスとかいいなーって思ってる。
プラスチックよりも、わたしよりも、きっと地球存在年は先輩だから。
もしかしたら、リサイクルが進んで、わたしよりも年上なプラスチックもあるかもしれないけど。
そんな風に、時代と感性のちがいに、思いはせる日でした。
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