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ARで渋谷の街をレース機が飛び回る!「AIR RACE X」記者発表会

 2019年に惜しまれつつ幕を閉じたレッドブル・エアレース。その2017年ワールドチャンピオン室屋義秀選手や、2019年ワールドチャンピオンのマット・ホール選手らが発起人となった新しいエアレース、その名も「AIR RACE X」の開催を告げる記者発表会が7月、東京にて開かれた。

AIR RACE Xキービジュアル (c) AIR RACE X

 最大の特徴は「リアル」と「デジタル」、2つのレースが存在することで、最初のレースは2023年10月15日、渋谷の街を舞台にメタバース空間で開催される「デジタル」のものとなる。発表会には発起人である室屋選手がレーシングスーツ姿で登壇し、そのコンセプトを語った。


■ 「AIR RACE X」に至るまで

 レッドブル・エアレースのDNAを受け継ぐエアレースとしては、レッドブル・エアレースのスポーティング・ディレクターを務めていたウィリー・クルークシャンク氏らを中心として計画された「エアレース・ワールドチャンピオンシップ」がある。FAI(国際航空連盟)から世界選手権(ワールドチャンピオンシップ)の認定を受け、2022年からのシリーズ開幕に向け動いていたのだが、新型コロナウイルス禍や、2022年2月に生起したロシアのウクライナ侵攻に端を発した世界情勢の不安定化により、延期を余儀なくされている。

 先の見通せない状況の中、室屋選手はレッドブル・エアレースの同期デビュー組であるマット・ホール選手、ピート・マクロード選手と「パイロットの側から何かアクションを起こせないか」意見交換を重ねていたという。しかし世界情勢の問題から、特定の場所にチームや観客が集まってレースを開催するのは難しく、悩んでいたのだとか。

室屋義秀選手

 今回の「AIR RACE X」実現の大きなきっかけとなったのは、2023年2月に開催された「Japan Empowerment Summit 2023」。Web3時代に向けた「地方創生×メタバース」の大規模カンファレンスで、この中の「メタバースによるスポーツの新たな熱狂」と題されたセッションに参加した室屋選手は、デジタル技術によりメタバース空間でのレース開催が実現できるという気づきを得たのだそうだ。

渋谷の街をレース機が飛ぶイメージ (c) AIR RACE X

 レッドブル・エアレース時代の「ゴーストプレーン」に代表されるように、現在のデジタル技術は誤差数センチという精度で速度・高度・進路・Gなど、精密なフライトデータを記録することが可能だ。このフライトデータをメタバース空間に設定したレースコースに落とし込めば、実際のエアレースに近い、場合によってはそれを超える形での観戦体験を提供できるのだという。

■ 「AIR RACE X」の競技ルール

 デジタルラウンドでの競技ルールはこうだ。各チームはリモート形式で数戦開催されるデジタルラウンドで、順位に応じたチャンピオンシップポイントを積み重ねる(1位25ポイント~10位1ポイント)。将来的にポイント上位のチームが、リアルの場所で開催されるグランドチャンピオンシップに集結し、シリーズチャンピオンをかけて戦うことになる。

AIR RACE Xのポイントルール (c) AIR RACE X

 デジタルラウンドのレースコースは、各パイロットの拠点(場所の選択は任意)で正確に位置と間隔を計測して、パイロンとなるマーカーを設置することで作成される。最新のセンシング技術による精密なフライトデータが計測され、そのデータを大会本部が一元的に収集・分析。このデータを使って、1対1の対戦形式で競技が行われるのだという。

フライトデータは大会本部で一元管理される (c) AIR RACE X

 総当たり形式となる予選ラウンドは6日間のスケジュールが設定され、各チームは対戦相手をオンラインプラットフォーム上で指名し、フライトを実施する。いわば「挑戦状」を叩きつけられた相手チームは、予定期間内にフライトを実施。

予選の仕組み (c) AIR RACE X

 予選の様子はデジタルプラットフォーム上でリアルタイムに公開され、観客は対戦結果を見ることができる。1秒以上の差をつけた勝利には勝ち点3、1秒以内の差の場合は「引き分け」として双方に勝ち点1が与えられ、この勝ち点の多かった上位4チームが決勝トーナメントに進むのだ。

レースについて語る室屋選手

 決勝トーナメントは、予選1位と4位、予選2位と3位の組み合わせで準決勝を実施。予選期間中にフライトし計測した「準決勝用データ」を用い、対戦する。勝者は決勝に進み、敗者は3位決定戦に回り、ここでも予選期間中に計測していた「決勝用データ」を使用して対戦し、勝者が決まる。

決勝トーナメントの仕組み (c) AIR RACE X

 決勝トーナメント用のフライトデータ(2本)は予選期間中に計測され、大会本部に送信したあとは決勝当日まで非公開の形で厳重に管理される。決勝当日はライブ配信番組を通じてレースを公開。STYLYの提供するメタバース空間で観戦できるほか、開催地ではSTYLYのAR技術により実際の風景に重ね合わせてレース機のフライトを見ることも可能だ。

ARでレース機が飛ぶイメージ (c) AIR RACE X

 今後のスケジュールについては、2023年10月15日に開催される「渋谷大会」のあと、2024年にデジタルラウンドで4戦を開催。2025年にデジタルラウンドを4戦したのち、リアル空間でのグランドチャンピオンシップを開催したいと語られた。ゆくゆくはワールドシリーズとして続けていければ、という期待もあるようだ。

AIR RACE Xの将来フロー (c) AIR RACE X

 AIR RACE Xには、発起人である室屋選手、ホール選手、マクロード選手のほか、計8名のパイロットが参加予定で、残る5名についての詳細は後日発表される。室屋選手の口からは「アメリカやヨーロッパ、南アフリカから」という言葉が聞けたので、少なくともレッドブル・エアレースのチャレンジャークラスに参戦していたパトリック・デビッドソン選手(南アフリカ)が含まれているのかもしれない。

8名のパイロットが参戦予定だという

■ 実現に尽力した4氏によるトークセッションも

 発表会に続き、AIR RACE Xの実現に携わった長田新子さん(一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長)、渡邊信彦さん(株式会社Psychic VR Lab取締役COO)、豊田啓介さん(東京大学生産技術研究所特任教授 建築家)、そして室屋選手によるトークセッションが行われた。進行役を務める長田さんは前職のレッドブル・ジャパン時代に室屋選手と繋がりがあり、渋谷のVR化を実現した渡邊さん、豊田さんへと橋渡しをした人物だ。

4氏によるトークセッション

 XRの専門家である渡邊さんは、AIR RACE Xについて「このような大会を都市レベルで実現し、モータースポーツと融合させた例は初めて」とし、今までのゲームでは実現できなかった部分をXRによって具現化したことは、eスポーツの面からも大きな進歩であると話す。デジタルツインの空間では半径10kmの範囲で渋谷の街並みを再現しており、そこをレース機がビルの間をすり抜けて時速360kmで飛んでいくという。

渡邊信彦さん

 室屋選手はパイロット視点で、飛行機に興味がなかった人の目にも触れる機会が生まれることに期待しているという。最初は雲を掴むような話に思えていた選手たちが、デジタル空間に出来上がっていく渋谷の街並みを見て、次第に現実的なイメージが湧いてきているようだ、とも語った。

室屋選手

 建築家である豊田さんは、渋谷でのエアレースを2月のJapan Empowerment Summit 2023で「渋谷エアレース」としてアイデアを出した人物。まさか本当に実現するとは思わなかった、と驚きを隠せない感じだ。

豊田啓介さん

 今のところメタバースは、個人がそれぞれバーチャル空間で繋がることがメインで、実空間で共通体験を分け合うまでには至っていない、と話す豊田さん。一緒に盛り上がれるかどうかが持続性に大きく関わるため、興奮が人から人へ伝播していく場の仕組みやノウハウなどを確立し、展開していければと、AIR RACE Xの将来についても言及していた。

 イベント終了後、室屋選手と渡邊信彦さんに話を聞いた。

■ 室屋義秀選手インタビュー

 ――デジタルラウンドの仕組みについて詳しくお伺いしたいのですが、フライトのデータを持ち寄って対決するという形ですが、いわゆる「レース」にはミスだとかペナルティだとか、偶然に左右される要素があり、それに選手がどう対応するのか、というところも観戦する側にとっては大きな要素だと思います。そのあたりはどうなっていくのでしょうか?

 「基本的には対戦形式が予選から続いていくので、その中でタイムを刻んでいかなきゃいけない。で、対戦相手を指名するため、その瞬間に決めなければならないので、レッドブル・エアレース時代の予選を戦う感じに近いんじゃないかと思っています。

 ペナルティとかももちろん取られるので、基本的には同じような状況で、ペナルティ覚悟で突っ込んでいけばタイムも上がるけどペナルティかもしれない、という意味ではこれまでと全く一緒なので、緊張感ある感じのレースになると思いますね」

 ――今回、デジタルということの利点として、レッドブル・エアレースでは安全面の問題で不可能だった、たとえばリノのナショナルチャンピオンシップ・エアレース(リノ・エアレース)みたいに複数機が同時に飛ぶマススタートのレースもアリ、と思うのですが、そのあたりはどうでしょうか。

 「そうですね、それも十分技術的には可能だと思うんですけども、どういう形がレースとして見やすくて、お客さんに喜んでもらえるか、という視点で、今のフォーマットが検討されているんだと思います。

 技術面では何機でも同時に飛ばせると思うんですけど、いっぱい重なってると、なんか『どれが誰か判らない』という面もあるのかな、と。レッドブルの時はファイナルで4機が飛んでた訳ですけど、4機同時だとちょっと多いかなぁ……と見える時もあったりとか。ま、それは見せ方、観戦環境の作り方なのかな、と思います。

 とりあえず、対戦する2機が同時に飛んでるように見える、という見せ方はするんじゃないかな、とは思います。その方が面白いですしね。レッドブルの時に使っていたゴーストプレーンのように、どちらもゴーストプレーンのような感じじゃないでしょうかね。

 逆に福島(室屋選手の拠点)に行けば、リアルでレース機が飛ぶじゃないですか。そこにはARでパイロンや対戦相手のゴースト(プレーン)が出るんで、飛行場側に行くとリアルをメタバースやXR技術でサポートしている形になって、迫力と面白さのある、メタバース会場とは違った魅力が出ると思いますね」

 ――室屋さん自身は開発に携わっているため実際に飛ばれていて、レースの感覚もなんとなく判っていると思うんですが、まだ経験していないマットやピートは、どのような反応を示しているんでしょう?

 「結構ね、どうかな……っていう意見はもちろんあったんですけど、徐々に『面白いね』って。

 ジャッジングやコースのトラッキングを含めて非常に正確なので、結構レースの戦略としては今までと変わんなくて。こう(進入する)角度を攻めていくとか、そういうところでタイムって変わっていくので、ペナルティと表裏一体というか、そういう勝負勘みたいなものは、パイロットとしてはすごい楽しみだと思います。期間内に数もいっぱい飛べますし、だから今までより、意外と面白いかもしれませんね」

■ 渡邊信彦さんインタビュー

 ――今回、渋谷の街並みをレース機が飛ぶという形になるんですが、これまでのメタバース空間におけるエンターテインメントを考えた時に、時速360~370kmという物体が飛び回るというのはなかなか例がなく、技術的にも大きなチャレンジだと思うのですが、エンタメ的にどのように見せていくのか、伺えますでしょうか。

 「おっしゃるとおり、実空間では一瞬にしていなくなってしまうので、それをどうやって視認させるか。たとえばそこにあらかじめ軌跡を出したりとか、そもそも『空の道』を作ってしまうとか、様々な実験を今しておりまして。

 どこに行くか判らない!ではなくて、来るのが判っていて『この辺のラインを通るんだ』という具合にして、それを音と映像を使って『来るぞ来るぞ……通った!』みたいなことが表現できるようなフォーマットを作るのが非常に大事だと思ってるんですね。そこは様々なことを実験しながら、トライを重ねているというところですね」

 ――レッドブル・エアレースでは「ゴーストプレーン」という技術を使って、ライバルのフライトと重ねて見せるということをしていた訳ですが、これをメタバース空間でのXRでは、どのように見せていくのでしょうか?

 「逆にいうとですね、空間があって、データが全て存在している状態なので、見せ方は様々できると思っていますし、レッドブルの時にゴーストを見せたように並走させたりだとか、データと軌跡をどのように見せるかというのは、これからもっとパイロットたちと話をして、演出していくかを考えていきます。

 私たちプラットフォームとしては、場所があって、データがあって、表現する方法っていうのはリアルよりもさらにいろんなことができるので、見せ方としては面白いものを作っていけると考えています」

 ――データでの対戦ということで、レッドブル・エアレースの時にはできなかった、複数機が同時に飛んで、次々とやってくる……という演出も可能かと思いますが、その辺りは。

 「そうですね、実際には同じところを飛んでいても、ずらしてあげることによって……データ上の調整は必要ですけれども、既成概念にとらわれない見せ方もできますし。

 逆に建物は建物として存在しているので、ぶつからないように飛んだりだとか、リアルでは機体を小さくしたり大きくしたりできないところ、デジタルでは可能なので、それを含めて大きなチャレンジと考えていて、新しいものを作っていきたいと考えています」

 ――そうなりますと、レーストラックも柔軟性がある形になって、開催できる都市も増えますね。

 「そうですね。今回は第1回なので、ちゃんと飛んで、ちゃんと映して、ちゃんと見る、って形になりますけど、ゆくゆくは『センター街を抜ける』みたいなことも、実際には旋回しきれない場所なんですが、大きいスケールで飛んで、同じ縮尺で調整できれば、そういうレースも可能になると思います」

 ――今回は、実際の街のスケール、距離感でレースのトラックが設定される、ということですね。

 「そうです。実際の街に合わせてトラック設計をします。ルールを含めて、パイロットたちとやりたいこととっていうものを技術的にどう実現するか、ということを、テストしながら10月に向けて――もう基本のシステムは出来上がっているので、あとはもう微調整していくと。

 先ほどの発表会で見ていただいた映像も、合成ではなくて実際に見ているものをそのままキャプチャしているので、あれぐらいの迫力では『映像では』できるんです。あとはもう『体感』をどれだけ本物に近づけていけるかですね」

 ――たとえば音響面をASMR的なものにするとか、FPS(プレイヤー視点でのシューティングゲーム)的な形にして、立体感・リアル感のあるものにしていくとか……。

 「その辺りが重要だと思っています」

■ 取材を終えて――WRC的なレースも可能?

 今回はレッドブル・エアレースを基本的なフォーマットにしているが、時間と空間に縛られないデジタルでのエアレースは、リアルイベントとは違う形でのフォーマットも可能にするだろう。気球や飛行船の時代から始まったエアレースは、様々なフォーマットのレースが開催されてきた。

 たとえば、航法技術が未熟な1920年代には、ラリーのようなエアレースも存在していた。設定されたチェックポイントにどれだけ正確な時間で到達するか、パイロットと航法士がペアとなり、長距離を飛行するものだ。

 これを現在のSS主体のWRC的なレースに置き換えてみる。ある特定の都市や地域を舞台に、数日間の日程で複数のレーストラックを飛び、それぞれの順位だけでなく、トータルのタイムで順位を競うレースも実現可能ではないだろうか。

 東京を舞台にするならば、渋谷、新宿、池袋、銀座、浅草など、アイコニックな街がいくつもある。それぞれにARでの観戦会場を設定すれば、観光とエアレースを連動させた「エアレース・ツーリズム」というものが生まれるかもしれない。

 実際のレーストラックはメタバース空間に作られるので、開催地の負担は小さい。また、会場に行かなくてもメタバース空間で開催地を訪れることが可能なので、レース観戦と同時にバーチャル観光をしてもらうこともできるだろう。


 意外と様々なスポーツ観戦の形を提供してくれそうな「AIR RACE X」。10月15日の開催に向けての動きに注目したい。

協力:エアレースエックス実行委員会


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