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閖上海岸のあの人

その夏休みも、弟は釣り三昧の毎日を送っていた。丘の上にある自宅から見える閖上海岸まで母の運転で向かい、釣り糸を垂らしたり腰まで水につかって遊んでいた。
ふと気が付くと、海岸から数十メートル沖に頭が見える。かろうじて判別できるその顔からは、さっきまでの笑顔が消えていた。(離岸流だ!)瞬時に理解した。「横に、横に泳いで!」声の限り叫ぶ。その間にも、どんどん頭は小さくなっていく。「死んじゃうかもしれない・・・」「夏休みに遊泳中、12歳男児溺れて死亡」そんなテロップが頭に浮かび上がる。「もう警察呼んだほうがいいよね。」滅多に動じることのない母にも、動揺の色がみてとれた。そのときだった。「うちの、行ったからもう大丈夫だよ。」見知らぬ女性が示す先には、金のネックレス、丸太のような腕一面に刺青のあるガタイの良いおじさんが沖の方に向かっていく。そして数分後、弟を引っ張って海岸に戻ってきた。あまりに短い間に、あまりに多くのことが起きすぎて、ただただ、「ありがとうございます」ということしかできなかった。後になって思えば、住所や名前を聞くことだってできただろう。「いいの、いいの。うちは慣れてるから。離岸流は怖いからね。」
その半年後、あの東日本大震災がおきた。約5500人が暮らしていた閖上地区では、750ものいのちが失われた。閖上海岸はもうない。今もふとした瞬間に思う。名前も知らないあの方は、無事だったかと。どうか、生きていて欲しい。どこかで、幸せに生きていてほしい。

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