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思い出は美しすぎて

久しぶりの案件で、ある方の半生を数分の動画にまとめる事になった。明日はその最初の打ち合わせのため、経営されているお店に伺う。

依頼主が具体的なイメージをお持ちなら、それに沿う形で制作する。
たとえば過去、スタジオを経営する方で自らが率いるバンドの演奏を撮った事がある。
このときは3セットのセッションを延べ120分収録し、日を改めご自宅を訪問した。

三脚でカメラを固定し、妻や子供、友人に向けたメッセージを順に映像におさめていく。
その場にいるからどうしてもその方の言葉が耳に入ってくるのだが、極めてプライベートな内容のため、ここで具体的には触れない。

まずは財産分与に関する話。そして、今まで誰にも伝えてこなかった過去のエピソードや、そのとき抱いた思いなどについて語っておられた。

動画に公正証書のような法的効力はないものの、紙に記された無味乾燥な文言もんごんと違い、語り手の表情がストレートに伝わる。説得力が格段に上がるのだ。
この方には複数のご子息がおられて、ご自分が奥さんよりも先にく前提で撮っている。
「母さん、だいじにしてくれよ」
「絶対、遺産のことでケンカするんじゃないぞ」
演技じゃなしに切実な思いが伝わるから、メッセージ動画の果たす役割は大きいと思う。別に財産分与にこだわらなくても、残された人へのメッセージを撮っておくのは大切な作業だ。
今の時代なら外注などしなくても(してくれると嬉しいが)、スマホで自撮りすれば、充分気持ちは相手に伝えられる。一回撮っては間をおいて、何度でも撮り直せる。せっかくの便利な機能だ。ぜひ活用してみてください。

この方は僕が提供した映像をご自分で編集されるとの事で、2日分のデータをお渡しして、お役御免となった。
先撮りした演奏風景に手を加え、楽しい作品に仕上げるんだとおっしゃる。
ご自分の葬儀の際に流してもらい、「オヤジ、死んだ後までバカやってら」と、笑って送ってもらいたいそうだ。

こういうメッセージ動画を残したいと考える人は、例外なく自分の人生をポジティブに捉えている。
セレブとまでいかなくても、老後に困らないだけの財力があり、仕事もプライベートも充実した時間を過ごされてもいる。
単純に遺言いごんを補足するだけで良ければ、話された内容そのままを、たとえば司法書士などに託しておけばいい。
課題が大きくなるのは、過去から現在に至る「自分史」的な動画を作成する場合だ。明日の顧客が、これにあたる。

功成り名を遂げた会社の経営者であれば、いわゆるゴーストライターに委託し、一冊の「自分史」を上梓じょうしする事はよくある。
一種の回想録であり、オラが会社のトップの半生だから、部下や取引先は贈呈されれば皆一応は目を通し、感想を述べなければならないだろう。
ありがたいような、でもたいがいの人にとって、ちょっと迷惑な話である。

総じてそのテの本というのは「成功者」の自慢話であり、こうすれば会社は大きくできるんだ的な、ご自身による経営ノウハウに終始している。
こういう社長サンは、たまたま手掛けた商品が当たっただけとか、時代が良かっただけなんて一切考えていない。全ては必然であり、ご自分の努力のたまものであるとの認識だ。

「人に恵まれて今の自分がある」も定型として内容に含まれるが、でも結局は「ボクに商才があったからだもんね」「誰よりも努力したからだもんね」の間接表現に終止している。こんなの、誰が読みたいと思うだろう。

もっとも、そういう自分自慢の動画のご依頼があれば、躊躇ちゅうちょなくお引き受けしたい。
社会的成功を収めるまでには、きれいごとだけで済まない過去の出来事が、その人に幾つもあったはずだ。
どこまで表現できるかはともかく、業界の裏話に接する機会をもてるなど、そうはない。「ここだけの話」を引っ張り出せれば、みる人を退屈させない「自分史」になるかもしれんぞ。
誰かそういうトップの人、紹介してくれんもんだろうか。

明日に続く

イラスト hanami🛸|ω・)و

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