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ホットドッグ

2月17日は、藤原伊織ふじわらいおりの誕生日である。
と言っても、ご本人は2007年に59歳で亡くなっているし、今となってはミステリー小説好きでもない限り、ご存じの方は少ないだろう。

東京大学文学部フランス文学科卒業。電通に就職というエリートコースを歩むが、若い頃から酒とギャンブルに目のない人物だったらしい。
マージャンはレートが高くて仲間うちでは付き合いきれず、プロと打っていた。
CMの撮影でエジプトへ出張すると、そこにカジノがある。CM制作費をプロダクションから前借りして何百万円もつぎ込み、スッカラカンになって帰国した。ギャンブルの借金がかさんで家を売り、賃貸アパートに移ったという。

1985年にすばる文学賞を受賞するも、原稿依頼を断っているうちに注文が来なくなり、作品を発表する機会が途絶えてしまった。

1995年、10月までにギャンブルでかさんだ1,000万円を返さなければ、「命を取られる」ところまで追い込まれる。
「江戸川乱歩賞が賞金1,000万円で、それを取る自信はある。ついてはNYの地理、曲がりくねった交通事故の多そうな道路や5番街の様相などを教えてくれ」
ニューヨークにいる電通の先輩に、そう電話したそうだ。破天荒はてんこうである。

そうして書き上げた応募作『テロリストのパラソル』は、みごと江戸川乱歩賞を受賞する。さらには同年、直木三十五賞なおきさんじゅうごしょう(通称「直木賞」)までを受賞。同一の作品で二賞を受賞するのは、史上初の快挙だった。

物語は、70年東大紛争で大学を中退し、そのは職を転々としていたアル中バーテンが、爆弾テロに巻き込まれるというもの。
その犠牲者の中に、かつて「闘争」を共にした親友や昔の恋人が含まれていると知り、自らが真相の究明に走るハードボイルド小説だ。

当時かなり話題になった小説で、今も文庫本が手に入るし、図書館に行けば借りられるところも少なくないんじゃないか。
ちょっと見は説明不足な荒い文体のようで、その場の情景を鮮明に浮かび上がらせる能力は、やはり天才的だと思う。
僕が大好きなのは、メニューが一品しかない主人公・島村のバーで、ホットドッグを調理するシーンだ。

フライパンにバターを溶かし、ソーセージを軽く炒めた。
次に千切りにしたキャベツを放りこんだ。
塩と黒コショウ、それにカレー粉をふりかける。
キャベツをパンにはさみ、ソーセージを乗せた。
オーブンレンジに入れて待った。
そのあいだ、ふたりの客は黙ってビールを飲んでいた。
ころあいをみてパンをとりだし皿に載せた。
ケチャップとマスタードをスプーンで流し、カウンターに置いた。

調理の過程を羅列られつしているだけなのに、ここまでうまそうな描写になってしまうのがすごい。
かんたんなものほど、むずかしいんだ。このホットドックは、たしかによくできている」なんてヤクザの客のセリフが、追い打ちをかける。
音楽とか食事の描写の上手うまい物書きに弱いんだよなぁ。ハチャメチャ不健康な人生で早くに亡くなってしまったけれど、藤原伊織ふじわらいおりの作品は今後も読み継がれていくことだろう。

YouTubeにドラマ化されたテレビ番組が、ほぼ完全な形で公開されている。さすがに演出は古臭いが、物故ぶっこした名優さんたちの演技が見られるのは嬉しい。
島村役のショーケン(萩原健一)が作るホットドッグのシーン(9分30秒あたりから)も、見てるとやっぱり食べたくなっちゃうぞ。
千切りキャベツをいためるっていうのが、ポイントなんだよな。

イラスト hanami🛸AI魔術師の弟子


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