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『アクムのアクマ』ミニ小説①

あぁ、嫌だ、本当に嫌だ。
明日なんて永遠に来なければいいのに。
私は今、絶望の淵にいる。






明日はインフルエンザの予防接種だ。
朝8時半からの受付に行かないといけない。土曜日だというのに7時には起きないといけないというのはまだ許せる。
私はこの世で一番注射が嫌いなのだ。
幼少期、検査で採血をしたときのことだった。いつもより大きな注射器が出てきたときは恐怖心が暴れだしそうになったが、母に、頑張ったらその日の夕飯は大好きなイタリアンのお店に連れて行ってあげると言われていたので、必死で抑え込んだ。大丈夫、採血はそんなに痛くないから。母の言葉を心の中で反芻し、気をそらすために、私は大好きなミートソーススパゲッティの中で泳ぐ妄想をしていた。大きなひき肉の塊を見つけ、そこによじ登ってフカフカと眠ろうとしたとき、左腕に激痛が走った。なんだ、話が違うじゃないか、などと文句を言う余裕もなかった。私は、「ギィエエエエエエエエエエエエエエエエエ」と、おおよそ人間のものとは思えない声で泣き叫んだ。
肉を吸われたのだ。
新人の看護師だったらしい。私は採血ではなく採肉をされた。
それ以来、私は注射がトラウマになってしまった。
「注射」と聞くだけで体がすくむ。注射を打っている瞬間なんて見られるわけがない。ニュースで感染症の話になると予防接種を行っている映像が流れることがあるが、そのときは事前に「注射の映像が流れます」という注意喚起テロップを出してほしい。というか、そもそもあんなに注射の映像を流す必要があるのか?

そんなわけで、私は注射がトラウマなのである。可能なら予防接種だって受けたくない。でも今年は受験生なので、どうしてもインフルエンザにかかるわけにはいかない。私は、いつもいつも大事なときに限って体調を崩す。最早何かの呪いにかかっているのではないかと疑うレベルだ。インフルに人生を狂わされるのは癪なので、思いきって受けることにした。そしてそれがとうとう明日に迫ってきたしまったのである。私は今、絶望の淵にいる。

ピザを食べることにした。注射を頑張って乗り切るために、ピザを3枚買ってきたのだ。1枚は景気づけの今日用、2枚は明日のご褒美用。私は、重い重い足をピザへの愛だけで動かしながら冷蔵庫へ向かった。

驚いた。

冷蔵庫に入れていたはずのピザが3枚ともなくなっているのである。今この家には私しかいない。おかしい。
私は家中を探し回った。

ゴミ箱を除いたとき、絶望の淵にいた私は、絶望の底へと突き落とされた。

ピザの空き箱が3つ、捨てられていたのである。

やってしまった。おそらく、買ってきた瞬間、無意識のうちに食べ尽くしてしまったのだろう。

楽しみはなくなってしまった。私のこの先の人生に待つのはもう注射だけなのかもしれないという気持ちに囚われ、何も出来なくなってしまった私は、そのままソファに身を投げ、泥沼の中に沈むような気持ちで眠りについた。





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劇団bamite 対面公演
『アクムのアクマ』

脚本・演出 山根明莉

○場所
守山宿町家 うの家 南蔵
(滋賀県守山市守山一丁目10-2)

○日時
2024/3/9(土) 12時〜 15時〜
2024/3/10(日) 12時〜 15時〜

○料金
無料カンパ制

○注意事項
・舞台「アクムのアクマ」は完全予約制公演です。当日券はございませんので、ご了承ください。
・舞台「アクムのアクマ」は観客参加型の公演を予定しております。
お客様同士やキャストと会話していただく場面がございます。
・階段の上り下りを含む移動をしていただく場面もございます。動きやすい服装、少ないお手荷物でのご参加をお願いいたします。
・小学生以下のお客様は、保護者(高校生以上)の方同伴でのご参加をお願いいたします。
・SNSの予約フォームの他に、メールアドレスからのご予約も受け付けております。[bamite.gekidan@gmai.com]へお気軽にご連絡ください。
・新型コロナウイルスの拡大等により、公演を中止する可能性がございます。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

⚪︎ご予約はこちらから↓
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⚪︎お問い合わせ↓
bamite.gekidan@gmai.com

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