【雑感】「日本版DBS」臨時国会見送りとの報道に接して

筆者の認識では、NHKが一番早かったと思われる。
2023年9月22日、こども家庭庁の「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」(有識者会議)で議論されていた、いわゆる「日本版DBS」(※)について、有識者会議が同月12日に公表した報告書本報告書)の内容に自民党内から異論が出たとのことで、本年秋の臨時国会への提出を見送る方向で調整しているようである。

※ DBSとはいいつつも本家英国のDBSとは似ても似つかない本報告書の内容であったことは前回紹介したとおりである。

第1回有識者会議において、当時の小倉將信こども政策担当大臣が、可能であれば次の国会(秋の臨時国会)での成立を目指す旨、冒頭挨拶で述べていたことからすれば(議事録1頁)、非常に残念なことになったわけである。

しかし、本報告書の内容からすれば、異論が出るのもいわば当然であり、筆者はいわゆる「使えない法務」の典型ではないかとすら思った。

基本的に現行法や通説の範囲を出ず、極めて堅牢なリスクヘッジを施した報告書に何の意味があろうか。それであれば有識者会議など開かずとも、官僚だけで決められるのである。

自民党や政府(内閣)が求めていたのは、次の「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」にもあるように、「教育・保育施設等やこどもが活動する場等において働く際に性犯罪歴等についての証明を求める仕組み(日本版DBS)の導入に向けた検討を進める」ことであり(資料1 こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議について)、法律学を学んできた者であれば誰でもたどり着くような幼稚な検討ではない。

こどもの性的搾取を防止するための政府の取組を中心的に担うとともに、教育・保育施設等やこどもが活動する場(放課後児童クラブ、学習塾、スポーツクラブ、部活動など)等において働く際に性犯罪歴等についての証明を求める仕組み(日本版DBS)の導入に向けた検討を進める。

こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」11頁

法務あるいは社外の弁護士として活動する中でも、過度にリスクヘッジを行った「保守的」な意見は一番嫌われる。ビジネスや政策を前に進めるために意見を求められているのに、何の意味もないからである。ギリギリを攻めることが重要な付加価値の1つである。

有識者会議に求められていたのは、英国のDBSを模倣するために必要な、職業選択の自由・営業の自由・プライバシー権を制限するに足る憲法論である。簡明な方法としては、英国の憲法と我が国の憲法を比較し、なにゆえ我が国の憲法下では英国のDBSを模倣することができないのかを調査することではないか。

報道等によれば、自民党内から異論が出たポイントは3点である。

共同通信「性犯罪法案、臨時国会提出を断念 日本版DBS、与党批判で

憲法論的に問題なのは上図の①と③であり、上図②は刑法の理屈でしかない。

つまり、上図①は性犯罪歴を確認することの義務化の対象とされた事業者・職種については、かかる確認をしなければならない負担が課される点で営業の自由(憲法第22条第1項)が制約を受ける点、また上図③は所定の犯罪の前科にとどまらず(それでも一定の制約はあるが)条例違反や懲戒免職、行政処分、不起訴処分も対象となると、かかる処分等を受けた者の職業選択の自由(同条項)が制約を受ける点において、憲法論の問題となる。

対象が拡大すればするほど、目的と手段の合理的な関連性が薄くなることから、どこまでが認められるのか、ギリギリを攻めることが期待される。

他方で、上図②は、刑の消滅を定めた刑法の枠内での問題である。

(刑の消滅)
第34条の2 禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで10年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで5年を経過したときも、同様とする。

刑法

なお、他にも執行猶予付き有罪判決が確定した場合についても、次のような刑の消滅が定められている。

(刑の全部の執行猶予の猶予期間経過の効果)
第27条 刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。

刑法

刑の消滅の趣旨は、次のとおり説明されている。

刑の言渡後又は刑の執行後、所定期間内に一定限度以上の罪を重ねないことを条件として、刑の宣告を受けた者に対し、国家として刑の言渡に基づく法的効果を将来に向つて否定し、もつて犯罪の予防と有罪判決を受けた者の社会復帰を容易ならしめんとする刑事政策的配慮に基づく制度であると解される

名古屋地判昭和56年7月10日

つまり、基本的には有罪判決を受けた者の利益を図る趣旨であり、ある種恩赦的というか恩恵的な配慮といえる。

しかし、有識者会議で議論されるべき目的は「こどもの性的搾取を防止する」ことにあり、それとのバランスにおいて、上記刑事政策的配慮が後退することに何の問題があろうか。社会復帰の方法はこどもと関わる職業に復帰することだけではなく、その他あらゆる可能性が開かれていることから、手段としても行き過ぎということはないように思われる。

なお、欠格事由との関係では憲法論ではないかという意見もあるかと思われるが、たしかに欠格事由を法定すれば、その法律の条文が前科等をもつ者の職業選択の自由を制約することから憲法論となるが、筆者としては、仮にこれが憲法論となったところで目的と手段の合理的な関連性は保てると思われるし、そもそも欠格事由ではなく、前科等の情報を含め、採用者の裁量に委ねることとすれば(下記「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」参照)、少なくとも制度上は特段問題ない(運用上の問題となるに過ぎない)と思われる。

したがい、この論点については憲法論ともいえず、ギリギリを攻めるとかそういう類の話でもなく、まさに政策的判断で足りる上、既に懲戒免職処分を受けた教職員に関してはデータベースが整備され、当面40年間にわたり教職員としての採用から排除する趣旨の法律(教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律)が存在している以上、かかる政策的判断ができないことはないと思われる。

今後どのような形で検討が深められるのかは不明だが、「教育・保育施設等やこどもが活動する場等において働く際に性犯罪歴等についての証明を求める仕組み(日本版DBS)の導入に向けた検討を進める」ため、適切なメンバーで、趣旨を理解した上での検討を期待したい。

以上


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