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格闘ゲームと「必殺技」

この記事は「比文のひとびと Advent Calendar 2023」(https://adventar.org/calendars/9220)8日目の記事です。前回の記事はコゼットさまの「私と叔母とミュージカルと」、次回の記事はシスイさまの「にわか多ジャンルオタクが感じた興味と授業のつながり」です。

 みなさんこんにちは。比文三年にして必殺技研究家(自称)のもすきいとです。今回は卒論のテーマに関係しているけど構成力の都合で削るしかなさそうな部分の話について書きます。
 「これおもしろそうじゃね?」というとっかかりだけをサラリとまとめるため、ヤマとオチはあるか微妙です。意味はあるかもしれませんけど。
 また、この記事には固有名詞が多く登場します。それぞれを詳しく知らない方でも大体は理解できるように努めますが、よくわからなければフーンと読み飛ばしていただいて構いません。


大前提:「必殺技」とは何なのか

 みなさんはこれまでの人生で「必殺技」という単語を見聞きしたことがあります。あるのです。無いとは言わせません。
 まあそれは過言かもしれませんが何となくそう呼ばれるような概念が存在することについては多くの人が同意していただけるのではないかと思います。そのイメージの根源は子どもの時に見たテレビかもしれませんし、マンガ、アニメ、あるいはゲームだったりするかもしれません。「必殺技」という言葉がニュース記事の見出しに使われたりすることからもこれがある程度一般に普及した語彙だと判断することに問題はないでしょう。
 
 ですがこの概念、よく考えるととてもアイマイで不思議です。
 何よりもその字面。「必ず殺す技」なんて物騒な響きでありながらこの言葉が使われている場面でいつも死人が出ているかといえばそんなことはありません。
 また、何をもって技と見なすかの境界もはっきりしません。なにか名前が付けられていれば技と呼べるでしょうか。「必殺技」とそうではないただの技の間に差はあるのでしょうか。
 例として『ONE PIECE』のルフィを考えてみましょう。初期のルフィの代表的な技に「ゴムゴムの銃(ピストル)」があります。最近はインフレが進んでめっきり見なくなった気がしますね。この技、要は伸ばした腕でぶん殴っているのですが、何も言わずに腕を伸ばして殴った場合これはただのゴム人間が放ったパンチと「ゴムゴムの銃」のどちらなのでしょうか。そこの差は発声および名称の有無なわけですがこれによって両者を区別することは可能でしょうか。また強敵を倒す最後の一撃としては「銃」よりも「ゴムゴムのバズーカ」などの方がよく使われていた印象がありますが、それでもなお「銃」を必殺技と呼ぶことはできるでしょうか。
 問いかけはしたものの正直私にも答えはわかりません。わからないから苦労しとるんじゃチクショウ。ですが「必殺技」をマトモに定義し考えようという試みが意外と入り組んだものであることは少し感じていただけたかと思います。

用例を探してみよう

 卒論ではこういった話を特にマンガに着目して論じてみるつもりです。ですがここではマンガ以外の資料について少し考えてみましょう。
 今回使うのはNDL Ngram Viewer(https://lab.ndl.go.jp/ngramviewer/)。国立国会図書館が提供するデジタル化された資料のテキストからキーワード検索ができる優れモノです。しかし検索対象となるのはあくまで国立国会図書館に収蔵されているデジタル化された資料だけであり、それゆえおそらくマンガやデジタル化が追い付いていない最近の本はあまり元データに含まれていない点には注意が必要です。ともあれさっそく「必殺技」で検索してみましょう。得られた結果は以下の通りです。

検索ワードは「必殺技」、範囲は1950~2022年

 おや、えらく尖った山がありますね。先述の留意点を考慮しても有意な特徴だといえそうです。NDL Ngram Viewerにはグラフ上の点をクリックすることで資料一覧を確認できる機能があるため、それを使って実際にどんな本で「必殺技」という単語が出てきたかも見てみましょう。便利ですねえ。

1994年の検索結果

 少々文字が小さいですが、『デラックスボンボン』や『コミックゲーメスト』といった当時のマンガ雑誌が出てきました。『コミックゲーメスト』はその名前から想像できるように、「インド人を右に」などの迷誤植で有名なアーケードゲーム雑誌『ゲーメスト』から派生した雑誌だそうです。
 さらに目を凝らすと実際にキーワードを含んでいる部分が書いてあります。『餓狼伝説スペシャル』、『サムライスピリッツ』はいずれも旧SNKが1993年に発売した格闘ゲームです。そう、格闘ゲームなのです。本稿のタイトルに近づいてきましたね。
 「必殺技」という言葉が雑誌に登場するときそこには格闘ゲームという文脈があったらしい、この視点を意識すると先ほどお見せしたグラフの急上昇部分に説明をつけられる「ある出来事」が浮かび上がってきます。それは…









(出典:『ストリートファイター30th アニバーサリーコレクション インターナショナル 』)

波   動   拳  !!

 そう、「格闘ゲーム」というジャンルを確立させ一大ブームを引き起こした『ストリートファイター2』(以下『スト2』)の登場です。

叫べ!放て!「必殺技」!

 『スト2』が当時革新的だった理由の一つに操作可能キャラの多さがあります。初代『ストリートファイター』(1987)で使えたキャラはリュウとケンの二人だけ。しかも性能は完全に同じコンパチキャラでした。対して『スト2』では軍人、プロレスラー、何かがおかしいヨガ男など見た目も戦闘スタイルも異なる八キャラから選ぶことができます。
 そんな彼らの個性を際立たせたのがコマンド入力で出すことができる必殺技です。代表例はリュウとケンが使用する昇竜拳と波動拳でしょう。竜巻旋風脚はなんか地味
 ちなみに本シリーズにおける必殺技はプレイヤーが勝手にそう呼んでいるわけではなく、初代から存在する公式名称です。スーパーファミコン版の『スト2』の説明書にもバッチリ書いてあります。

初代のポスター「こ・れ・が・必・殺・技・だ・!!」(出典:ゲーム文化保存研究所

 こうした必殺技の特徴として、出したときにキャラクターが技名を言ってくれることがあります。これはコマンド入力が成功したことをわかりやすく伝えるための仕様なのかもしれません。ゲーム全体で見ると名前が呼ばれる技は必ずしも多数派ではないのですが、繰り返し対戦しているうちに印象に残っていくのは確かだと思います。例えば待ちガイルを何度も食らった人は「ソニックブーム」というセリフが耳に焼き付いているかもしれません。
 この技名を叫ぶという行為は現在の「必殺技」イメージにも影響を与えていると考えられます。必殺技は叫んで出すものという感覚、なんとなくありませんか?もっとも、『スト2』以前の少年マンガにも車田正美の『リングにかけろ』(1977-1981)のように技名を大きく主張した作品はありましたし、1971年から放映されていた『仮面ライダー』シリーズなども影響していそうなので、『スト2』に端を発する格闘ゲームブームは「必殺技」という概念を創始したのではなくその普及に貢献したというのが適切でしょう。少なくとも雑誌面上に「必殺技」という言葉が現れるキッカケを作ったのは間違いないでしょうから。

格闘ゲームと「必殺技」

 その後もコマンド入力によって「必殺技」を出すというシステムは、見た目の華やかさからも技術により駆け引きが生まれるという面からも格闘ゲームに欠かせない要素となっていきました。
 ほかに「必殺技」という要素に着目した場合特筆すべき作品には、必殺技をはるかにしのぐ威力を持つ「超必殺技」を初めて実装した『龍虎の拳』(1992、旧SNK)や、特定の条件を満たさないと使えない代わりに当たれば問答無用で相手の体力を0にする文字通りの「一撃必殺技」が存在する『ギルティギア』(アークシステムワークス)シリーズが挙げられると考えます。格闘ゲームというくくりに入れるべきかは諸説ありますが、『大乱闘スマッシュブラザーズ』(任天堂)シリーズは格闘ゲームの複雑化していくコマンド入力へのアンチテーゼとして、方向入力との組み合わせで直感的に出せる通常・横・上・下の四種類の「必殺ワザ」を各キャラが持つように設計されています。
 細かいシステムに名前に差はあれど、格闘ゲームというジャンルと「必殺技」は深く結びついていると言えるのです。

「必殺技」をどう訳す?

 本節は今までの議論から少しずれて、「必殺技」の翻訳問題を考えます。入学当初はこれを卒論で扱いたいと思ってたんですよね。
 そもそも私がこんなテーマに夢中になっている背景には過去に英語圏の友人と遊んでいた経験が関係しています。彼は日本のポップカルチャーにそこそこ詳しく、共通して知っているマンガやゲームについて楽しく話すこともしばしばありました。そんなある日のこと、私は彼に「このマンガに出てくるこの必殺技がカッコいいよね!」と話しかけようとして固まってしまいました。理由はとってもシンプルです。

「必殺技って英語でなんて言えばいいんだ…?」

 みなさんも一度立ち止まって考えてみましょう。ちなみにその時は「アッ…アァ…」とカオナシみたいな声が出たので会話をあきらめました。
 マンガやゲームの文化を考えるならおそらくどこかで触れるであろう「必殺技」。しかしこの概念を外国語でどう表現すればよいのかについて決まった訳は(多分)無いのです。finisher, finish move, ultimate move, killer moveあたりは目にしたことがありますがいかがでしょうか。字義に沿っているから間違ってはいないはずですが、なんか違うなぁと感じはしないでしょうか?少なくとも私はそう感じました。当たらずとも遠からず、間違っちゃないがしっくりこない、そんな感覚です。
 この問題が難しいのは、作品に出てくる「必殺技」は消費者が勝手にそう呼んでいるだけの場合が多いからです。好きな必殺技ランキング!みたいな記事があったとして、そこに出てくる技が原作で「必殺技」と明示されているかと言えば必ずしもそうではありません。実際は奥義とかスキルとか呼ばれていることもしばしばです。つまり「必殺技」はどちらかといえば読者の側がうっすら共有している抽象概念というフシがあり、作中で出てこないため作品がローカライズされる際にどう翻訳されるかのデータも少ないのです。

 ですが明確なデータが取れる資料もあります。その例が本記事のテーマ、格闘ゲームです。前の節で触れたように『ストリートファイター』シリーズは「必殺技」がシステム上の公式名称として存在しています。つまりその英語版を見れば「必殺技」がどうやって英訳されているかがわかるのです。
 さっそく検証してみましょう。データは新しいに越したことはないので、シリーズ最新作の『ストリートファイター6』(2023)で確認です。公式サイトのキャラのページにはコマンドリストが掲載されており、そこにはハッキリと「必殺技」の文字が並んでいます。次に英語版の同じページを見てみると…

「必殺技」→「Special Moves」

 うーむシンプル。これだけだと味気ないので他にも比較対象が欲しいですね。
 しばらく調べているうちに『THE KING OF FIGHTERS XV』(2022、SNK)のウェブマニュアルに記述を見つけました。こちらの英語版はどうでしょうか。

「必殺技」→「Special Moves」

 こっちもか。せっかくだからもう一つぐらい確認してみたい。
 さらに調べていると『ギルティギア ストライヴ』(2021)のキャラ紹介ページに記載されたコマンドリストには「必殺技」と書いてあります。やっぱりいろんなゲームで公式用語として採用されてるんですね。英語版もチェックです。三度目の正直という言葉もありますが果たして。



「必殺技」→「Special Moves」

 二度あることは三度あるだった。
 どうやら格闘ゲームの世界では「必殺技」は「Special Moves」と訳すのが多いようです。今回取り上げたのはいずれも歴史があるシリーズ、つまりそれだけ人気の高いシリーズの最新作なので、これは概ね業界のスタンダードと見なしても問題ないのではないでしょうか。解決しちゃったよオイ。
 様々な言語や表現が入り混じる技名がどうやって翻訳されているのかも気になりますが今回は大枠の概念についての考察ですからね、これを結論としてもいいでしょう。

今回のまとめ(?)とその先に

 ここまで書いてきましたがこのあたりでいったん要点に当たる部分を並べてみましょう。話題が二転三転していますがこの記事の冒頭でちゃんと言いましたからね、とっかかりだけまとめてみましたって。

  • 書籍や雑誌において「必殺技」というワードの出現頻度を見てみると、1990年代半ばに顕著なピークが見られる。それはおそらく『スト2』以来の格闘ゲームブームが影響している。

  • 『スト2』では名前を言いながら出す必殺技がある。これが「必殺技」は叫んで打つものである、というイメージをブームと共に普及させていった可能性がある。

  • 「必殺技」という概念をどうやって英語にするかについてはマンガでは作品によってばらつきがあるものだが、格闘ゲーム業界では「Special Moves」と訳すのが覇権的だと考えられる。

 いや~「必殺技」と格闘ゲームという大雑把なテーマから色々面白そうな主張が出てきましたねぇ。
 ですが今回はあくまで分野を格闘ゲームに絞っています。本当はもっと広げられる余地があるのです。一瞬言及しましたが叫んで技を出すマンガということになれば初代『ストリートファイター』が稼働する前から存在します。「必殺技」ではないかもしれないけれど名前がある技の応酬という図式であれば1960~70年代にかけて存在したスポ根系野球マンガの「魔球」にその起源を見出すこともできるでしょう。
 また、名前の付けられた技が飛び交う場所は現実にも存在します。例えばプロレスです。1950年代の力道山は「空手チョップ」、1960年代のジャイアント馬場は「16文キック」といった「必殺技」を引っさげて華々しく活躍しました。こうした格闘技の「必殺技」が格闘ゲームに影響を及ぼしていた可能性は十分考えられます。

 そうやって抽象的に、横断的に、はちゃめちゃに広がっていく「必殺技」という概念に私は惹かれたのです。実際の卒論では少年マンガに焦点を当てて考察していきたいとは考えていますが、年代や作品レベルまで絞らないと正直やってられません。あんまり先行研究もないし。
 定義や系譜を考えようにも果てしなく、意味があるかと問われれば答えに窮する。それでもそういうものが「ある」ならば、わかりたいと考えるのは変じゃないはず。
 なによりも。必殺技ってカッケェよなぁ!その思いが燃えている。今はそれでいいんじゃないかと思います。

 おしまい。


おまけ

 ここからは蛇足です。「蛇足」って蹴り技ありそうですよね、関係ないですけど。

 格闘ゲームと「必殺技」概念が結びついているという話をここまで長々としてきました。ここではその応用例のようなものを一つ紹介します。
 みなさんはカードゲームの『遊戯王』をご存じでしょうか。『遊戯王』には様々なものをモチーフにしたカードが存在します。色々な文化圏の神話とか、コンピュータ用語とか、寿司とか。
 そして今年の春ごろにまさしく格闘ゲームをモチーフにしたテーマ「VS(ヴァンキッシュ・ソウル)」が登場しました。手札のモンスターをコマンド入力のボタンに見立てて戦う中々面白いテーマです。そんな「VS」を紹介する公式サイトの記述を見てみると、以下のような文章がありました。

属性の力で必殺技を放つファイターたちが奮闘する新シリーズ登場!(中略)魂を賭けた舞台で、強力な必殺技を決めて勝利を掴め!(太字部筆者)

(出典:遊戯王OCGデュエルモンスターズ

 原作マンガに登場したモンスターの技を再現したカードが俗に「必殺技カード」と呼ばれることはありますが、公式で「必殺技」という言葉が出てくるのは極めて珍しいです。格闘ゲームと「必殺技」が切っても切れない関係にあることを示す好例だといえるのではないでしょうか。

 そんな遊戯王、現在では紙のカードだけでなくデジタルでも楽しめるようになっています。特にスマホ、PC、プレステやSwitchなど様々なプラットフォームで基本無料で遊べる『遊戯王マスターデュエル』はルールが実際の紙と同じで、かつ現実に出てきたカードが少し遅れてそのまま実装されるためカードプールも現実に引けを取りません。
 そして上述した「VS」は先月ガチャに実装されました。つまり今ゲームを始めると「必殺技」と格闘ゲームの関わりが生み出した一例にすぐさま触れることができるのです。
 さらにさらに現在はログインするだけでガチャ10連分のアイテムとその他もろもろのオマケがもらえる遊戯王カードゲーム25周年記念イベントが開催中です。この機を逃す手はありません。あるわけないですよね?さあ、

始めよう!マスターデュエル!

iOS版のページAndroid版のページ、その他プラットフォームについては各種ストアページをご覧ください)

 今度こそ、おしまい。

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