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ギホー部へようこそ 1-1 医療機器メーカーのギホー部って、何?

あらすじ
大手医療機器メーカーの広報部で働く村山里穂は、後3ヶ月で三十路を迎えることに、焦りを感じていた。そんな時、新しく始まった“部署留学制度”により、突然神奈川県のど田舎にある研究所へ移動することに。華やかな広報部から一転、移動先は“ギホー部”と呼ばれる、いつ廃部してもおかしくない窓際部署。仕事が出来なさそうな曽根崎の下、不満を漏らしながら働く里穂。だがある日、社内でも地位の高い工場長が、曽根崎に頭を下げにくる。次第にこの部署の存在意義に気がついた彼女は、“ギホー”を通して問題を解決し、周りの人を助けていく。
 
 
第1章 vol.1 謎の部署・ギホー部
 
「では、朝礼を始めます」
 
7月1日。
 
大手町駅から歩いて8分のところにあるガラス張りの高層ビルの24階で、野太い本部長の声がフロア全体に響く。
 
ここは、“ハタミヤ株式会社”という大手医療機器メーカーのオフィス。毎月初めには、フロア全体が集まり、朝礼を行うのが決まり。
 
村山里穂は、ハタミヤ株式会社の広報部に務める、現在29歳。後3ヶ月で三十路を迎えるため、自分がぎりぎりの20代だということに、焦りを感じていた。

新卒で入社してからは、工場研修の後、実家のある埼玉の第一営業所へと配属される。その後4年目の時、晴れて希望していた広報部へと移動が決まった。
 
里穂にとって、東京本社、しかも広報という憧れの部署に行けたことで、天にも舞う心地だった。
 
だが、それから4年が経ち、気がつけば29歳。最近では自分のキャリアよりも、将来の結婚相手の方が気になっている。
 
ふと見た人差し指先端のネイルが、欠けてしまっていることに気が付き、親指で弄ぶように触っていると、本部長がスクリーンを下ろしながら言った。
 
「では、営業統括部の方から、これまでの売り上げ実績と今年度の見込み、その後、人事部の方から、新制度についての話をしていただきます」
 
真っ黒に日焼けした、いかついオールバックの営業部長が出てきて、淡々と説明を始める。要は、これまで成長傾向にあった売り上げ実績が、今年は横ばいになりそうだ、という話。
 
− 横ばいなら、別に悪くないじゃない。医療関係なんて、安定しているんだし。
 
里穂は重々しい空気を気にも留めず、他の指先のネイルも確認しながら、今日のランチは何にしようか、などと考えを巡らせていた。
 
すると今度は、人の良さそうな人事部長に変わった。
 
「この不景気の中、医療業界は安杯だ、などと言われていましたが、我々も立ち止まってはいけない。そこで各部署の活性化のため、部署を跨いでお互いに学び合うことで、“新しい価値の創造”を試みる『部署留学制度』を始めることになりました」
 
人事部長の言葉に、話の意図がつかめず、一同ぽかんと口を開いた。
 
「つまり、試験的にいくつかの部署から数人を他部署に派遣し、そこでお互いの知識を交換することによって、新しい発見や気づきを与える、ということです」
 
それまで大人しく聴いていた社員たちは、一斉にざわついた。
 
「詳細については、各部長の方から話があるので、そちらに従ってください」
 
動揺が収まらぬうちに、さっさと全体朝礼がお開きになってしまい、社員たちは不安を抱えながらデスクに戻った。
 
そんな中でも、里穂は余裕の顔。
 
こういうのは結局、仕事の少ない入社三年目までが対象となる。
 
もう7年目になる自分に、火の粉が降りかかることはないだろうと、鷹をくくっていた。
 
その時ちょうど、スマホが震え、取り出して確認する。
 
『Ayami: 今週の金曜日、食事会があるんだけど、来ない?この間知り合った外コンの人が、知り合いを集めてくれるって』
 
彩美は同じ大学の友人であり、彼氏がいない者同士、今では婚活の戦友でもある。お互いに日々将来の夫を探して、こうして食事会情報を提供しあっているのだ。
 
『Riho: 外コン?いいね、行く!』
 
素早くそう返していた時、「村山さん、畠中くん、ちょっと…」と広報部長に呼ばれ、里穂は慌ててスマホをポケットにしまった。
 
里穂が急いで部長のデスクまで行くと、自分よりも3年後輩の畠中誠が、無表情な顔をしてデスクの前に立っていた。
 
「さっき朝礼で言っていた『部署留学制度』の話だけど、うちの部署からは村山さんと畠中くんに行ってもらおうと思う」
 
「え、あの…私(も)ですか…!?」
 
試験導入だと言っていたし、相場は各部署の最年少1人だけが選ばれるはず。それに、広報部には畠中誠以外にもう1人、さらに1年下の河合晶子だっている。
 
畠中誠の仕事ぶりはともかく、河合晶子はとてもじゃないが、優秀とは言えない。
 
そんな彼女よりも自分が選ばれたことに、里穂は納得がいかなかった。
 
「あの、どうして私なんですか?広報部での仕事だって、今3つのプロジェクトが動いていますし、私が抜けたら一体誰が…?」
 
「そのあたりは課長に分担を頼んでいるから。悪いけど、決まったことなんだ。まあ試験期間と言っていたから、3ヶ月から長くて半年くらいだとは思うんだけど」
 
「半年もですか!?」
 
里穂が驚きの声をあげる横で、畠中誠は淡々と、自分の運命を受け入れるかのように質問した。
 
「それで、僕たちの行く派遣先の部署って、どこになるんですか?派遣先は一つだけなんですか?せっかくの機会なので、いくつか経験できたらいいんですけど」
 
里穂の反応と違い、このヘンテコな制度をいい機会だと前向きに捉える畠中誠に、部長は満足そうな顔を浮かべた。
 
その表情を見て、里穂は慌てて口をつぐむ。
 
「派遣先の部署は今の所1つ。ただ、希望を出せば、延長したり他にも行くことができるかもしれない。なんせ試験期間だからな。それで、派遣先の部署なんだが…」
 
部長はそう言いながら、人事部から来たメールを確認しなおした。
 
「えっと、畠中くんには経営企画部に行ってもらおうと思う。あそこは役員に近い場所だから、学ぶことも多いだろう。で、村山さんは–––」
 
畠中誠の派遣先を聞いて、里穂は安堵した。派遣と言いつつ、花方部署の経営企画部ならば、自分のキャリアにもなりそうだし、数ヶ月の間なら楽しそう、なんて考えていた。
 
けれど、部長から出たのは、聞きなれない言葉。
 
「村山さんは、“ギホー管理部”か。事業所はどこだったかな…?」
 
「え、ギホー?管理部?なんですか、それ…?」
 
キョトンとする里穂に、部長がパソコンの画面を彼女の方に回転させて、メールに書いてある文字を見せた。
 
「ギホーじゃなくて、“技術報告書管理部”。略して技法部って呼んでる。事業所は、神奈川にある研究所だな」
 
「え、研究所!?神奈川!?」
 
驚きのあまり、里穂の理解が追いつかない。
 
神奈川まで通うのか、それともたった数ヶ月の間のために引っ越すのか?家賃は?住む場所は?そして何より、ギホーって…?
 
半ばパニックになっていると、部長が強引に話を進めた。
 
「では、そういうことなんで。畠中くんは経企(経営企画の略)の人と日程とか調整して。村山さんは多分通うには遠いから、その辺りは人事部の人と相談して。日程など、今の仕事は課長と相談して」
 
「はい…」
 
自分が口を出せる立場にない、そう悟った里穂は渋々、ダサい名前のついた“部署留学制度”を、受け入れるしかなかった。\

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