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こんな大学院受験でいいのだろうか〜24卒就活・院試体験記⑤〜


3年次3月、私は臨床心理学系の大学院の入試を受けることを検討し始めた。


私は大学院に行った後、
どうするつもりだったか。

エンジニアを見据えていた。


遠回りだとは思う。

だが、「IT分野に関心が高い心理師が居たら面白そう」って理由で担当教員が大学院への推薦書を書いてくれた。




大学院入試の世界は就活とはまた別の世界が広がっていた。

大学院入試をする場合、就活同様2、3月に動き始めるのが一般的なようだ。

とは言えもっと早くから動き始めないと厳しい場合もあれば、もっと遅くても全然平気なところもあるようだ。

大学、分野、研究室によって大きく異なる模様。


私は4月頃、選択を迫られた。

・就活を続け一般企業へ就職する。
・外部の大学院を受験する為対策する。
・大学院内部推薦のために対策する。


「心理師になる気がないなら、研究主体の研究室を探してみてはどうだろう?」

こんな助言をされたので、外部の大学院を調べ始めた。



無知すぎて、調べるだけでも一苦労だった。


外部の大学院を調べて回ったのち、迷いに迷った挙句、とある博士持ち社会人にこう言われた。

「研究室でどんな研究をしたかなんて、あまり関係ない。大抵は専門的すぎてピンポイントで役に立つことは稀だと思う。でも、『研究をしてきた』ということ自体は意味を持つし、その関連分野が仕事になることも多々ある。」

「なんだかんだで、研究室の雰囲気か1番重要だ。」

なるほど。



私は最終的に推薦入試を選んだ。

研究室の雰囲気が分かっているのは大きいだろう。


私が受験した大学院は、推薦入試とはいえど、筆記試験があり、そこで点数が悪けりゃ容赦なく落とされる。

4月下旬、私は試験勉強を始めた。


他学部の院試を受ける友人とスタディプラスで進捗を共有しながら、過去問や市販の参考書等を元に勉強した。


試験勉強の為に、過去問を入手したり、心理学検定の問題集をやったり、参考書を読んだり、していた。



そんな矢先のことだった。


5月に入り、ゴールデンウィークの頃、人生初のブチギレを経験した。そのショックで放心状態になった。


一時的に勉強が手につかなくなり、ショックから気を逸らす為にあの手この手を尽くした。


自分は今まで何を抑圧し続けたのだろうか?

何が私をブチ切れさせる程の衝動を起こしたのだろうか?



歌が趣味だったが、歌えない環境にいた。

→歌を趣味にしている社会人及び歌えそうな社会人サークルに突撃したり、1人カラオケに入り浸る。


自分のファッションに自信が無かった。

→Twitter、note、Youtube、雑誌等を漁り始める。このnoteの別記事で書いてる自問自答ファッションと出会ったのはこの頃。


漫画やアニメ、ゲームはやってはいけないものとして自ら禁じていた。

→見てみたかった漫画及びアニメ、ゲームを片っ端から見たりやってみたりしてみた。


親から自立したくなった。

→20過ぎてから反抗期を迎える。1人旅でもしてみるか。


旅行してみるか。それも、親から自立できそうなやつ。

→結果、様々な行き先を検討したのち、四国遍路計画を立て始める。マジで行く頃にはほとぼりが完全に冷めていたが。



普通だったらこのまま勉強できなくなるコースに突入しそうだが、なにせ私が勉強していた分野は「臨床心理学」である。

精神的に不安定になったら、一周回って勉強が捗った。

皮肉なものである。



6月に差し掛かった頃、担当の教員にに話を聞きに行った。

進路相談のはずだったのだが、半ばインタビューのような感じになった。


「流れに任せてたら、今の状態に落ち着いた。私は心理職に向いてないと思う」


全く向いてなかったら、心理職として働く傍ら大学教員になるなんてことはできないのではないか? と、ふと思った。

とはいえ、その「謙虚さ」がその人をその人たらしめているのではないかという気もする。

そして、その准教授はとても「新しいもの好き」だった。


数少ない、幸せそうに見える心理職の1人だった。



私が心理系大学院に行こうとしているにも関わらず、エンジニアを見据えていた最大の理由は

「心理職とエンジニア職の社会人を比較して、心理職の方が幸せそうに見えない人が多かったから」である。


他にも

「自分自身が心理職に向いてる気がしなかったから」

とか

「プログラミングやIT系の勉強をあまり苦なく出来ていたから」

という理由もあったが。


心理職でも幸せそうな人も居るし、エンジニア職でも生気のない人ももちろん居る。


私から見た心理職は一部の人を除き、

人を助けるための高度な技術を持ちながら、その代償に何かを失ってしまった人々

という印象だった。


そもそも、精神的に不安定になったらかえって勉強が捗ってしまう分野って時点で多少はご察しなのかもしれない。


この時出会った心理職は氷山の一角だったなと今は思うのだが、その辺は別の機会に書くとして……。



ある日私は気づいた。


心理職は年齢を重ねても他業種と比べて、比較的挑戦しやすいが、エンジニア職は心理職と比較して、若いうちでないと挑戦しにくい。


なら、大学院に行ってる場合ではないのでは?
今現在、心理職になる気がないなら尚更。


薄々気づいてはいた。
でも、決断できずにいた。


決意を固めて賭けに出た。


ここまで勉強してきたのに試験で手を抜くのは性に合わない。



私は受験日当日、面接官に「心理職になる気はない」と暗に言うような発言をした。

当初の予定とは異なることを言った。




結果発表の日に私の受験番号は無かった。

まぁそーだろうなと私は思った。




何せ、私が受験した大学院は「公認心理師の資格を取得するためのカリキュラムを履修するための場所」という意味合いが強い大学院だった。

私は一体何のために、2年次から就活して、長期インターンまでしてたのか。


結局、私は就活に疲れて逃げただけだったのだろうか。


それでも、以前よりは自分を知れた気がする。

つづく

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