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味噌汁の香りとおじさんとの時間そして相棒になったアイツ・前編…「カレーの香りと家族の色」  #カバー小説


この作品は、上記のスズムラ作品のオマージュ小説です。

上記のスズムラ作品の事件に続くストーリーになります。

私はホラーもサスペンスも苦手なのですが、何故か魅力あるスズムラさん。
スズムラさん自身の人柄に魅かれて、怖い映画を半分目を開けて観るような気持ちで読ませて頂いております。

そんなスズムラ作品の「主人公のその後」に焦点を当てた続編として、勝手に作った作品になります。
カバー小説と言えるかわかりませんが、椎名ピザさんの企画参加として書きました。

まえがき

事件を起こした病んだ少年のぼんやりした思考を想像して書いた小説です。

少年鑑別所なのか少年院なのかという場所や設定、裁判や精神鑑定などの詳細を省いた架空の状況です。



味噌汁の香りとおじさんとの時間そして相棒になったアイツ…


前編・おじさんとの時間 
(味噌汁編)


あの日、ボクは今までにないスピードで傑作を仕上げたんだ。
カレーの香りに包まれるボクのもとに近づいてきたファンファーレの音は高らかに鳴り響いていた。
そしてチャイムが鳴った。


ドアを開けると家の前にはすでに、大勢のファンが駆けつけていたんだ。
ボクは喝采に包まれた。
聴衆が一斉にスマホを向ける。
カメラのシャッター音がやかましい。


「パーティーの誘い?迎えのクルマが来たみたいだな…」
すごいスピードで走る車だ。
到着すると今度はボクを荒っぽく、車から降ろした。
乱暴な奴らだな!

「何急かすんだよ。ボクは疲れてんだよ…」


そこでボクの記憶は途切れた。


ボクの絵はどこなんだ?
傑作を作った事を新聞がモノクロで伝えたらしいと聞いたんだけど、
その日からは、ボクの世界まで何故か白黒になった。

「なんだよ……モノクロな世界は好きじゃない。カラフルな絵が好きなのにさ」

記憶は途切れ途切れ…
目を覚ますと、モノクロな世界にボクはいた。
ボクのまわりには歪んだような時が漂っていた…。



あれ以来、ずっとモノクロの部屋にいた。

「ボクの部屋さ、何でがらんとした空間になってんだよ…絵が描けないじゃないか…変だなぁ」
ここにはボクの筆もボクのキャンバスも何も無かった。
「まあ、しばらくは絵筆を握る気にもならないし、いいさ」
今はそんな気分だ…。
炎天下で何十キロか走った後みたいな強い脱力感を感じていた。


「で…ここはどこ?」

そんなモノクロの部屋に来てから、
時々くるおじさんがいた。
「アイツは誰?」
いつも無視していたけど他愛無い話をして帰っていく。
反応する気にもならない。
「遠くで何か言ってるよ、あのおじさん」って感じ。


何も返事しないのに、おじさんは何度も何度もやってくる。
とりあえずチラッと目を動かしてソイツを見てみた。
「敵じゃ無さげ…」



日が暮れて、食う、寝る。
食事を運ぶ音で目が覚める…。
味気ない、それを口に運んで飲み込み、また寝る。

無風状態のボクのモノクロの部屋におじさんがやってくる時だけ風が吹くような感じがした。

「今日は半袖か?フーン」

「季節がどうとか、『今日は何食べた』だの聞いてるくらいだろう?
意味のない話。どうせさ」
「おじさんの話はボクにとっては、『消音のテレビ』みたいだね。
おじさん、何か言ってはいるみたいだけど…」
おじさんの言葉はボクの脳までは届かない。



やがて、そんな言葉がボクの耳にも届くようになってきた。

「やっぱり何でもない会話してるみたい、このおじさん」
ボクからは別に用も無いし…
ボクは黙っていた。

おじさんは、汗をハンカチタオルでしきりに拭いていた。
「また、来るよ」
そう言って、帰っていった。


「カウンセリングってヤツ?」
らしいね…。


でもさ、おじさんが来た時の沈黙が心地よく感じられるようになったきたんだ。


「そういや、昔、『クマのプー』っていう子ども向けのビデオで『何にもしないができるんだ』って、わけわかんないセリフあったけど、なんかそんな感じって、これか?」

そんなふうにボクは思うようになった。




世間では、いくつかの季節が過ぎていたらしい。
おじさんは長袖のシャツを着るようになっていた。
ボクの周りには、やっぱりモノクロな時間と空間だけがあった。


ちょっとだけ風の変化を感じられるようになった頃から、ボクは夢にうなされるようになった。

起きると汗だくだ。
なんだか怖い夢だった。
そしてそれは続いた。
やがて、「まさか、その夢ボクに関係ある何かなのか?」

そういう感じがして、目が覚めた後に怖くなってきたんだ。
だんだん眠いのに眠れない夜が続くようになった。
そして眠くすら、なくなってきた。
なんだか手足は冷たいのに手がいつも汗ばむようになってきたんだ…。


「いったい何なんだよ、マジ…。怖い夢見たって気を紛らわしたくてもスマホもねーしゲームもできねーし、動画も観られねー。暇つぶしも出来ないじゃん…」

イライラって言うより不安だった。

とうとう、あのプーさんおじさんにボクは初めての言葉を発した…

「おじさん…変な夢、見るんだ…」
最近、毎日みる夢の話を打ち明けた。


おじさんは、
「そうか……」

しばらくの沈黙の後、おじさんは、ただ頷いて話を聴いていた。
いつのまにか、おじさんに代わってボクが話す側になっていった。


少しずつ、少しずつ、ボクは夢の話を語った。
いつも、おじさんはずっと話を聴いてくれた。

そして、ひとこと。
「そうか…」って言ってくれた。
その言葉で妙に安心したんだ。


ボクの話に歩幅を合わせるように、おじさんは寄り添ってくれているような感じがした。
少しずつ、眠れるようになっていった。

でも、なんだか夢の方は、だんだんリアルな感じになっていったんだ。




ある日とうとうボクは、
ボクに起こった出来事。
いや、ボクが起こしてしまった事件の事を理解した…。




前から、この動悸と変な汗は何だろうと思っていたんだ。
夢にうなされる中で、ボクはハッキリと観てしまった。
そしてボクがやった事を理解してしまった…。

「ウソだ…」
いや、残念だけど夢なんかじゃなかった…
「ボクは、なんて事をしたんだ…」


ボクが起こしてしまった取り返しのできない事件。
ボクはまた眠れなくなった。


激しい動悸がボクを襲った。
そして混乱した。
大声を出してその混乱を逃れようとしたんだ…。
でも逆効果だったみたいだ。
意識がぼんやりとしてきた…。
連れられた別の部屋で目を覚ました時は腕から点滴を受けていた。


おじさんが来てくれた。

「おじさん……」

おじさんの顔を見た途端に、ボクは赤ん坊のように泣きじゃくった。
おじさんも目を真っ赤にして聴いてくれた。

「ボクを愛してくれる家族はいない。なんで、おじさんしかここに来ないのか…。家族がボクを捨てたんじゃ無いんだね、おじさん…」
ボクは、それ以上何も言いたくなくなった…。



おじさんは何も言わないボクを待っていた…。
長い沈黙の後、ボクは言葉を継いだ。

「なんでってボクが壊してしまったんだね…」



吹き出してくる感情のままに、ボクはおじさんに語った…。
泣きじゃくりながら…。
眉間にシワを寄せて辛そうな顔をしたおじさんは、涙をいっぱい溜めた目でじーっとボクを見つめていた。




ボクはボクがやった事を理解するにつれて、むしろ心が壊れていくような気がした。
いや、もしかしたら壊れたのでは無い。
正確に言えば、痛みを感じられるようになれたのかもしれない…。



涙が止まらない。
取り返しのつかない事件…。
「後悔なんて事すら、ボクには贅沢なんだよ…」




何日経ったんだろう。
ずっと食事がノドを通らなくなってしまって、また点滴を受けたりもした。
何も食べずにそのまま返される食事…。
力がどんどん抜けていった。



そんなある日、配膳された味噌汁のお椀を見たら、なぜか懐かしい気持ちがした。
思わずお椀の蓋を開けてみたら湯気と一緒に何か優しい匂いがした。
込み上げるのは脳裏を揺さぶる優しい気持ち…。

ボクは思わず椀を持ち上げて、箸を持った。
そして味噌汁をひとくち飲んだ…。
ゴクリと喉越しに飲み込んだ瞬間、その匂いが記憶の奥深くにまで届くのを感じた。

「これは…ばあちゃんが作ってくれた甘いさつまいも入りの豚汁だ」
ボクが幼い頃、食の細いボクのためにさつまいもを入れて作ってくれた豚汁…。



「ばあちゃん…」
ボクはまた、泣いた…。



「ボクは可愛がってくれたばあちゃんの一番大切な母ちゃんを殺めたんだ…。ばあちゃんの一番悲しむことをやったんだ。なんて事をしたんだ……でも今、一番ばあちゃんに会いたい…」

ボクが辛いよりも、もっともっと、ばあちゃんは辛いんじゃないかって気がした。


「会いたい」なんて言う事…ボクにはそんな資格すら無いことはわかっていた。
ほんのり甘い豚汁の味噌と生姜の香りが鼻にツーンとくる。
「あんなに泣いたのに涙がまだ残っていたのか?」
何時間もまた泣いた。


その味噌汁は、おじさんがばあちゃんに聞いたレシピを看守に伝えて作ってくれたものだったそうだ。


おじさんは、こう話してくれた。

「ばあちゃんがな…『元気か?』って言ってたぞ。早く出所してばあちゃんに顔見せてやれ。
ばあちゃんは、お前を待ってたぞ」


一晩中、ボクは声を上げて泣いた。
「ばあちゃん…ごめん…」


静かな時間。
暗い静寂。
時間が進むのは地獄のように遅かった…。
もう朝なんて来ないようにさえ思えた。


いつのまにか、うたた寝したボクは、ばあちゃんのところで過ごした幼い日の夢を見た。

「ばあちゃん、ごめん…」


瞬間、ボクのいる真っ暗な部屋の高いところにある小窓から、
深い闇を破って一筋の朝の光が差し込んできた。


        後編に続く



あとがき


少年は事件当時17〜18歳と思われます。
精神鑑定、少年鑑別所からの逆送による裁判等々。
初めて、少年法について少しだけ勉強しました。

ここでは、事件後の病んだ少年ぼんやりした思考とカウンセラーのやり取りとして書いてみました。



椎名ピザさま
初めて企画参加させて頂きます♪
カバー小説になっているかわかりませんが、オマージュ小説です。

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#オマージュ小説
#スズムラ作品


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