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メキシコの高原に咲く秋桜  #シロクマ文芸部


#シロクマ文芸部


秋桜の咲く高原…
その夢を何度みただろうか?
怯える親子連れ。
こちらを威嚇するように睨みつけるあの眼差し…
ホセは、あの日見た光景を今日も夢にみた。
彼は若い頃を思い出していた。

それは彼がまだ二十代の頃。ホセは
大航海であの大陸に行った。
荒れ狂う波の上で船は木の葉のように揺れ、船酔いを繰り返し衰弱した体がここまで持ち堪えたのは、奇跡だったかも知れない。

スペインの港を出航した後にホセは船に乗ったことを何度、後悔したことだろう…島々を経由して、とうとうあの大陸にたどり着いた時、男たちの歓声が上がった。
「こここそ目指していたアジアの大地だ。俺たちは成し遂げたんだ!」
むせかえるような暑さ。汗も忽ちに乾くような痛いほどの強烈な日差しが照りつけてくる。船乗りたちはそこに簡単な建物を建てた。そして内陸へと何日も何日も歩いた。
どこまで行っても象も孔雀もいない未開のジャングルが続いていた。
男たちは原野に分け入って胡椒を探した。胡椒さえあれば相当の金になる。一攫千金を目指してこの土地に来た男たちは小さな実を見つけては、かじっては吐き出していた。

静かなホセは荒くれ者の仲間から、いつも一人離れた所にいた。
「船長、俺が向こうを探して来ます」そう言って山道を分けいるように登っていくと、そこにはピンクの花々が咲き乱れていた。まるで故郷で見た春のアーモンド畑の花に似ている。
「うわー!」
彼は歓声を上げて丘に駆け上った。

彼は農家の息子。幼い頃に親父が死んだ。苦労する母親の姿を見て彼はこの航海に出る決心をした。「船乗りなら金が稼げる」そんな噂を聞いたからだ。母は全力で止めた。しかし弟や妹たちの寝顔を見たホセは止める母親を押し切って、受け取った前金のコインの入った袋を投げつけるように渡すと数枚の着替えをつめこんだ荷物を背負って港へと走った。そして飛び乗るように船に乗ったのだった。出航すると涙目のホセは港を見た。家々は次第に小さくなっていった。もう陸が見えなくなった頃、やっと気づいたのは船に集まっていたのは素性の知れない荒くれ者だらけだった…

うねるような大海原を超えて航海は続いた。あれから何年経ったのだろう。この土地で見た、そのピンクの花々を前に彼は泣いた…。

「おふくろや弟、妹にもこんな美しい景色を見せてやりたい…故郷を見る事なく俺はこの土地で果てるのだろうか…」
そう思ったらまた急に涙が溢れて来た。
ひとしきり泣いた後、涙を拭って丘の向こうを見た。すると陸地がどこまでも続くと思っていた丘の彼方に、海が見えた。
「海だ…」彼はつぶやいた。
すると向こうの方でも誰かが叫んだ。
「隊長!向こうに海が見えます。あれこそインド洋!」
「おーっ!」船乗りたちの歓声が上がった。
「帰れる!」日に焼けた彼の頬に久々の血色が戻っていた。

彼はこのピンクの花畑を母親に見せてやろうと思いついた。その花についている細長い先の尖った黒い種を、むしり取れるだけ集めて腰につけた麻袋に入れようとした…その時だ。群れ咲くピンクの花の向こうに、怯えた目でこちらを見ている人の影が見えた。両手に子供の手をぎゅっと握りしめ、子供たちも彼女の後ろからこちらをのぞいていた。彼が気づいた事がわかったのか、今度は絶対この子達に手を出すなという強い目で、威嚇するように睨み返してきた。
その強烈な目を見た時、彼はこの地が彼女たちの土地である事に今、初めて気づいた。

「俺たちは、なんてことをしているんだ…」
彼女らの土地のその種を大地に返し、彼はその場を去った。
「俺が母親や兄弟を思ったように彼女には大切な家族がいるんだ…」
彼はこの土地の物を奪って傷つける事に嫌気がさしていたのだ。

「開拓?発見?俺たちがやってることはただの略奪だ。誰かの土地を奪っている泥棒と一緒だ。それで儲けた事で何になる?俺は何てことをしているんだ?…金も名誉もいらない…俺は帰って、ただ平凡に暮らしたいんだ」

船に戻ると再び辛い船旅が始まった。男たちの中には、疫病で倒れる者もいたが彼は生き延びた。
「俺は絶対に故郷に帰ってやる」そんな執念が彼の心の支えだった。

ホセは、やがて生まれ故郷の村に戻った。生まれ故郷の家の畑を耕している男が見えた。そいつが駆け寄って来て言った。
「もしかして…兄さん?」
「ミゲルか…?大きくなったな。みんなも元気にしていたか?母さんは?」
母は彼が船に乗った二年後に、この世を去っていた…
その後、兄弟達は散り散りになりミゲルは数年前にここに帰って来たのだと言う。
その話を聞いたホセはひとしきり泣いた。そして彼はあの時に見た、あの花を思い出していた。

「あの時、船に乗らずに生きる道もあっただろうか…」
そして、ため息をついた。
風が強く吹いた。
春の丘のアーモンドの花は満開だった。ホセが向こうに目をやると見渡す限りのピンクの波が続いていた。あの日のピンクの可憐な花々のように、彼らのその土地も美しい。
「母さん、俺は、生きていくよ。安心してくれ」
その時、元気な声に彼はハッと我に返った。
「お父さん!」
丘の下にある家の方から息子がたどたどしい足取りで、懸命に駆け寄ってくる。その向こうには、今年生まれたばかりの娘を抱いた妻が微笑んでいた。
「ご飯の支度ができたわよ!」


[後書き]
いわゆる大航海時代には様々な要因があると思います。ひとつには新航路(アジアの香辛料貿易のための新しい海路発見)を目指して大航海時代が始まったと言われています。
アメリカ大陸に到達した時に当初、彼らはそこをアジアと勘違いしたという話をもとに考えた創作です。
アジアと思った土地はアメリカ大陸でインド洋と勘違いした海は太平洋の設定です。

コスモス(秋桜)は熱帯アメリカが原産でメキシコ高原地帯と思われています。






小牧幸助部長さま、
久々に参加させて頂きます。
#シロクマ文芸部

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