「結婚間近にふられましたが、幸せは思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?」 第10話

(第一話はこちらです)

 写真を撮ってくれると、博昭たちはそそくさと先を歩いて行った。

 リチャードはカメラのチェックをしたいからと言って立ち止り、鳥居の端に寄る。
デジカメの画面をチェックしているようだけれど、たぶん私に気を使って、博昭たちとの距離を稼いでくれているんだろう。

『……前の彼氏なの。気を使わせてごめんなさい』

『こっちこそ。勝手に肩に触れてごめん』

 リチャードは、カメラから顔をあげていう。

『いいわよ。それも気遣ってくれたんでしょ』

 たぶんリチャードは、私と博昭の関係をおぼろげに察したのだろう。
婚約までした相手だとは思わなかっただろうけれど、男と女で、あの雰囲気。

 別れた恋人との再会なんて、よくあるといえばよくあることだ。
 そうと察したリチャードは、博昭が女づれなのに対抗して、私の恋人のふりをしてくれたのだろう。

『自分がそんなことにこだわるタイプだとは思っていなかったけど、正直、あの二人の前で一人っていうのは辛かったかも。恋人のふり、してくれてありがとう』

 普通に街中で出会うならともかく、お正月早々ひとりで初詣をしている時に、元彼が新しい恋人と一緒のところに遭遇するのは、みじめな気がした。

 リチャードは私の恋人ではないし、今だけとりつくろっても意味なんてない。
 けれどかばうように肩を抱いてくれたリチャードがいたから、私はあの時、博昭に笑って見せられた気がする。

 ぽろり、と涙がこぼれた。
そっと指で涙をふく。
 けれど涙は、次々にこぼれた。

『カナエ……』

『やだ。ごめんなさい。もうぜんぜん立ち直ったと思っていたのに』

 ぽろぽろとこぼれる涙は、止まらない。

『ごめん、見ないで。こんなの、嫌なの』

 初対面の男の前で、泣くつもりはない。
 それに、博昭と別れた時、あれだけ泣いたのだ。
この件で、これ以上泣くつもりはなかったのに……!

 持ち主の意思を裏切って、ぼろぼろ涙をこぼす涙腺を恨む。

 リチャードは一瞬、ひどくつらそうに眉をしかめ、ぎゅっと私を胸に抱き寄せた。

「え……」

『見ないから。しばらく、こうしていて』

 ぽんぽんと優しく私の頭を撫でて、リチャードがいう。
私を守るように、そっと、大切そうに抱きしめられる。

 私よりずっと背が高いリチャードに抱きしめられると、その腕の中にすっぽりと体が包みこまれる。
リチャードのコートからは、森のような優しい香りがした。

 ぽろぽろぽろっと涙がこぼれて、止まった。

『びっくりしすぎて、涙も止まっちゃったわ』

 リチャードの胸を手で押し、彼の腕の中から離れた。
ハンカチで顔をぬぐい、大きく息を吐いて、笑う。

『驚かせてごめんね。でも、ありがとう。ちょっと泣いたら、すっきりしちゃった。おかげで涙も止まったわ。……そろそろ先に行こう?』

『……だいじょうぶ?』

 リチャードは、気づかわし気に私を見る。
こんな醜態を見せるつもりはなかったのに。
恥ずかしい。

『もうだいじょうぶよ』

 羞恥に赤くなる顔をごまかすように、私は先に歩き始めた。
 だけど、数歩歩いたところで、足をひねってしまう。

「あっ……」

 転んでしまうと思った時、リチャードに肩をつかまれた。

『ありがとう……』

 やだ。
ほんとうに恥ずかしい。

『こうして助けられたの、二度目ね。ごめんなさい。いつもは、もうすこししっかりしているのよ?』

『一度目は、俺のせいだろ。それに、ここ、意外に足元が傾いているから、足をとられやすいのかもしれないね』

 苦笑いして言えば、リチャードは真面目な顔で言う。

『そういえば、そうかも。鳥居も、ゆるやかにカーブしているのね。今まで何度も見ているのに気づかなかったわ』

『そういうことってあるね。……だけど君は、危なっかしいな。目が離せない』

『たまたまよ。ほんとうに、ふだんはしっかりものって言われているんだから』

『まぁ、それも納得できるけど。君の言葉はクレバーだ。頭の回転がはやくて、目端がききそうだし、即座に言葉を返せるのも、しっかりした人って印象だね。だけど……』

 リチャードは、言いかけた言葉を、途中で飲み込んだ。

『どうかしたの?』

 そのまま足も止めたリチャードを、自分も足を止めて見上げる。

『いや。なんでもない。ちょっと、自分が言いかけた言葉にびっくりしただけ』

『ふうん……?』

 なんだかわからないが、リチャードは口に手を当てて、黙り込む。
これ以上訊かないでくれと全身で訴えているみたいなので、訊かないであげることにした。
 だけど。

『顔、めちゃくちゃ赤いけど。だいじょうぶ?』

 びっくりするくらい赤くなった頬を見て尋ねると、リチャードはこくりとうなずいた。

『あぁ。なにも問題はない。だいじょうぶだ……』

 あんまりだいじょうぶそうには見えない。
通抜かしていく老夫婦も、こちらを心配そうに見ているくらいだ。
 けれど本人がそういうのなら、まぁ病気とかではないんだろう。
さっきまでは普通に元気そうだったし。

『奥院まで、もう少しだと思うから。がんばって歩いてね』

 それでも心配なので、はげますように言う。
リチャードは、まだ赤い顔のまま、笑ってうなずいた。

第11話に続きます。
(画像が変わります)


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