山本芳久『トマス・アクィナス 理性と神秘』(岩波新書、2017年)を読んで。

 「親和性による認識」cognitio per connaturalitatemという神学的言葉がある。日常の言葉で言えば「好きこそものの上手なれ」という言葉に表されるような事態を掬い取る言葉である。本書はトマスの徹底的に理性的な思考がいかにして神学的思考と接続されるのかを明らかにする本である。キリスト教はわかりにくいと思われることがあるかもしれないが、本書はキリスト教の基本的な発想を明晰な言葉で表しつつも、西欧の言語で語られるところの神学的問題へと読者を丁寧に導く神学入門となっている。
 本書はその章立てから見て取れるように、トマスの神学の方法論と徳論と愛徳論を扱ったものである。まずはトマスの神学における論の進め方や『神学大全』の項の成り立ちを始め、基本的な内容を押さえる。そして私たちの日常に根ざした問題群である徳を扱う。『神学大全』の中核に位置する徳論を詳述する真ん中の二つの章は、その考察の具体性を知らせてくれるものである。徳論において枢要徳と対神徳とを接続する言葉として冒頭の「親和性による認識」という問題が扱われており、それは単に神学的思考にのみ関わるものではなく、人間の本性をめぐるトマスの一貫した人間論に裏打ちされていることが明らかにされる。
 本書の特徴は、ともすれば翻訳を読む際につい読み飛ばしてしまうような区別を精確に取り押さえていくことにある。通常「神の愛caritas Dei」と訳される言葉の用法として、所有の属格では「神からの愛」と訳され、対格的属格では「神への愛」と訳され得ることが本論において指摘される。この両者の区別を精確に取り押さえることを通して、トマスが指摘する「神の愛」の思想がいかに革新的な内容を含んでいるのかを明らかにしている。そして神学的議論に興味を持ち始めた読者は教義史や異端論争へと関心を抱くことと思うが、まさにそのような読者を念頭に置いた神学的論争の要点を精確に取り押さえていくための手掛かりが与えられるのもまた本書の特徴と言えよう。
 本書を読み解くことを通して学問的にテクストを読み解くことの生き生きとした様子を感じ取ることができ、読者を精確な読解へと招く本書は類まれな神学入門となっているのである。トマス・アクィナスだけでなく、中世哲学、ひいては哲学そのものに興味があるすべてに人に薦めたい一冊である。

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