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おくすりを飲み続けた先のキリンさんは、がんばった証だと思ってる

「キリンにします!」

店内の隅っこにあるテレビは、夕方の情報番組を申し訳なさそうな音量で流している。その空間で予想外に大きく響いてしまった、ぼくの「キリンにします」宣言。振り向いた人の目がみんなキリン?キリン?と問いかけてくる。


ぼくはこの半年ほど、皮膚科に通っている。理由は蕁麻疹。「蕁麻疹」だなんて機械の変換機能を使わないと書けないような難しい漢字で書くと、ぎょっとしてしまう人もいるかもしれない。それほど大袈裟ではなくって、「じんましん」くらいの印象を持ってもらえればと思う。

食物アレルギーでもなく、何かにかぶれたわけでもない。「これが原因です!」とはっきり言えないような、複雑で、絡み合った、目に見えないものが原因らしい。先生はそれに名前はつけなかった。そんなにひどくはないんだよ、ほんとに。

日によって発症する場所が変わる赤い発疹の数々に、最初こそ戸惑ったものの、今ではもう日常のこととしてうまく共生できている。毎朝コンタクトレンズをつけるようなもんだ。最初は受け入れがたくても、徐々に慣れ、最後は習慣となりほとんど違和感なく過ごせる。じんましんはここ最近のことなので、中学から始めたコンタクトほどキャリアは長くないけど。


「おくすり手帳、どうされますか?」

ん?

病院で診察を終えて、向かいの薬局で処方箋の対応を待っていたとき。処方箋を渡した薬剤師さんがぼくの名前を呼んでいる。スマホに落としていた目線を戻し軽く手を挙げると、彼女はぼくの席までやってきて、ハードカバーの新刊くらいの厚さはあるファイルを広げて見せてくれた。

パラパラパラ。

透明な袋に入れてファイリングされた紙がめくられていく。パンダ、キリン、ONE PIECE、プリキュア。


あぁ、なるほど!
おくすり手帳のデザインを選べばいいのか!


昔から皮膚科やら内科やらに通っているので、おくすりは昔からよく飲んでいた。ただおくすり手帳を使うようになった(というか忘れずにちゃんと毎回持参するようになった)のは、ほんとついこの間のことだ。今のこの薄い水色のおくすり手帳はデフォルト仕様なのね。買ったばかりのスマホの壁紙みたいなもんか、慣れた頃にお好みで変えていけるのね。

さて、どれにしよう。

ONE PIECEは好きだけどおくすり手帳にするにはなぁ。うさぎ?うさぎもあるんだ。干支シリーズなんかな。いやでもペンギンもパンダもあるからちがうか。うーん。どうしよう。


何回も見せてもらうのも気が引けたので、ここはバシッと直感で選ぶことにした


「キリンにします!」


おくすりを受け取り、自転車に乗り、帰り道のco-opでレタスと炭酸水とバターを買い、家へと戻った。食材を冷蔵庫にしまうのもそこそこに、ふたつのおくすり手帳を並べて眺めてみる。



……なんかいいな。

銀行の通帳を使い切ったときに似た、ささやかな達成感。たぶんそんな狙いがあるわけじゃないし、書く内容が増えればいいってわけでもない。でもなんか、なんていうんだろう、がんばってる証みたいな気がしてぼくはすごく好きだ。

毎回持参しているものの、正直なところ自分で開いたことはない。特に必要とはしていないし、なんなら病院へ行くたびに持っていくのが面倒に思えることさえある。

ただ、おくすり手帳を見た薬剤師さんからの「今回からおくすり減ったんですね」といった、さりげな優しい一言を引き出しているのがこのおくすり手帳だと思うと、ずいぶんと印象が変わる。背中にそっと手を添えてくれるような薬剤師さんのあたたかい一言は、この調子で治していけるんだと、正しい道を正しい方向に進んでいるんだと、そんな実感を湧かせてくれる。


あ、そういえばまた黄色だ。

気がつけば、黄色。


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