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他部署の足立さん

この気持ちはきっと恋……じゃない。信頼の延長線上だ、あくまで人として好きなだけだ。

そう自分に言い聞かせながら、今日もオフィスでキーボードを打つ。一度しか会ったことのないあの人宛に、WEBページの更新依頼を送る。そして彼女から「スター」をもらえることを、ほんの少しだけ期待している。

WEBページの担当者

ぼくはホテルで働いている。「ホテルで働いている」と聞いて、フロントに立つ爽やかお兄さんを想像した人も多いと思う。もちろん、体操のお兄さんばりに笑顔はじける人もいるんだけど、ぼくはそうじゃない。はじけていない。さらに言えば、フロントにも立っていない。

今の所属は管理部門。フェアの企画なんかをする部署だ。お客さまと接するよりも、パソコンに向かっている時間の方が長い。

業務のひとつに、WEBページの更新作業がある。とは言っても実際に手を動かすのは他部署の人で、ぼくたちはその担当者に、「ここをこう修正してください」とPCを使って依頼をする。

ぼくの主な依頼相手は、「足立さん」という女性だ。「足立」は仮名。なぜ足立さんかというと、ぼくの地元・三重県出身の有名人「足立梨花」さんに似ているからだ。ちなみに三重県出身の有名人は他に、「平井堅」さんや「チャンカワイ」さんらがいる。


スターが届きました!

WEBページの更新依頼には、専用のタスク管理ツールを使っている。メールとは違い、関係者のやりとりがYouTubeのコメント欄のように一覧で見られて、進捗がわかりやすい。

このツールの中で、「スター」を送るという機能がある。

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感謝したいとき、素晴らしいと思ったとき、その人のコメントに対して「スター」を送ることができる。Twitterのいいねに似てるんだけど、社内ではなぜかハードルが高い。よっぽどのことがないと押してもらえない。

スターが送られると、「スターが届きました!」と通知が届くようになっていて、これがほんと、かなりうれしい。

例えるならnoteで「あなたの記事が話題です!」の通知が届くよろこびに似ている。「えっ!! 誰!? 誰がしてくれたの!?」と驚いたのち、ひたすらにうれしい。その場で軽く弾むくらい、うれしい。スターをもらっていないぼくとスターをもらったぼくとでは、随分とテンションがちがう。平井堅さんが『楽園』と『POP STAR』を歌うときくらいテンションがちがう。

足立さんは時々、ぼくにスターを送ってくれた。他の人が100回に1回だとしたら、足立さんは20回に1回、スターをくれた。ぼくは胸に温かいものを感じつつ、お返しとばかりに、それまで使ったことのなかったスターのボタンを押すようになった。

足立さんとは一度しか会ったことがない。プライベートのことは一切知らない。PC上でしかやりとりしたことがない。それでもなぜか、機械的なかんじがしない。温かい。やさしい。文章とスターを通して、感情や人柄が伝わってくる気がする。

会話とは、「向かい合って話すこと」だそうだ。膝を突き合わせているわけではないけれど、ぼくにとって画面越しにスターを送り合うことは、「感謝の気持ちが行き交う大切なコミュニケーション」だった。


忙しくなった足立さん

足立さんは最近、とても忙しい。同じ業務をしていた人が、ふたりも退職した。新しく人員が補充されたとはいえまだ新人。そんなことはお構いなしに、各部署から大量の依頼が来る。〆切に追われる日々が続いている。

結構きついんです……と、思っている気がする。聞いたわけではない。でもそれが、画面越しに伝わってくる。依頼をしてから対応してくれるまでのスピードが以前とちがう。これまでなかったミスが目立つようになる。「申し訳ございません」が多くなる。

そんなときに上司から「今日中にホームページへアップしてほしい」と、新規の依頼が来た。

時刻は16時40分。足立さんの終業時間は17時半。ただでさえ追われている今、負担をかけたくない。でも内容的には、どうしても今日アップしないといけない。心苦しい。ほんとに心苦しい。

16時55分、泣く泣く依頼をする。心から申し訳ないと思う気持ちを、文章に込める。追われている足立さん。返事は17時半ギリギリになるかもしれない。いやもしかすると、残業をさせてしまうかもしれない。あぁ足立さん、ごめんなさい。そう心で唱えつつ、返事が来たらすぐに確認できるよう、PCにかじりつくようにして待つ。

17時15分、足立さんから返事が来る。足立さんは嫌な顔ひとつせず(ぼくはそう感じた)、こちらの事情を汲み取ってくれて、予想外のスピードで仕上げてくれた。きっと足立さんの中での最速だ。


わああぁぁ!足立さああぁあぁん!!!!!


ぼくはマウスを連打した。スターのボタンを、今まで押したことがない回数、連打した。ありがとう足立さん、優先してくれてありがとう。この感謝の気持ちは文章じゃ伝えきれないよ。だからぼくは、スターを送るよ!今まで月に2、3回しか送ったことのないスターを、たっぷり送るよ!!

結果、11個のスターが送られた。


社内便にて「惚れてまうやろーっ!!」

後日、足立さんから社内便が届いた。B4の茶封筒の中に、なにやら定期券入れより一回り大きいサイズの箱が入っている。封筒の口をとめていたセロハンテープをはがし傾けると、中から長方形の赤い箱が出てきた。

それはキットカットだった。

箱の裏面には黄色い正方形の付箋が貼ってあり、足立さんの手書きの文字でこう書いてあった。

「11個もスターをくださってありがとうございます。笑っちゃいました。でも、元気が出ました!甘いもの苦手じゃないといいんですけど、、。」


「惚れてまうやろーっ!!」と、叫びそうになる自分を抑え込む。落ち着けともきち、落ち着けチャンカワイ。

ごくたまに職場でもらうお礼の手紙なんかは、処分するのも申し訳なくって、使わなくなった古い手帳に挟んで残してある。この付箋も同じように残そうとキットカットから剥がした。

——と、付箋の下、キットカットのメッセージ欄が空白でないことに気が付く。「あっ」と、声が漏れる。


そこには、黒色のボールペンで塗りつぶされた、小さな星マークがひとつ、控えめに描かれていた。


ぼくの中で再び、チャンカワイさんが叫んだ。




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#あの会話をきっかけに

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