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<地政学>海・山岳・凍土・砂漠・熱帯雨林といった自然の障壁について

 地政学は地理的自体を元に政治の動きを考えようというスキームである。地政学は「学」とついているが、物理学のような学問分野ではなく、単なるスキームだ。ここを誤解している人が多いので「地政学を学べる大学がない!」といったことを言い出す。

 それは置いといて、今回は地政学的障壁について考えてみよう。平原のような場所では遮るものが何もないので軍隊は簡単に侵入できる。ポーランドが一瞬でドイツ軍によって征服されたのが良い例だろう。こういった国の国境は不安定で、戦争のたびに大きく変わってしまう。東ヨーロッパの国境は特に極端だ。ウクライナの西部に位置するリヴィウという街はソ連時代はリヴォフ、ポーランド時代はルブウ、オーストリア時代はレンベルクと呼ばれていた。わずか100年足らずで4つの国に所属していたたわけだ。こうした不安定さが平地の国家にはあるわけである。

 一方で自然の障壁が存在すると、防衛には大変有利になる。日本が1000年前から国土の形が変わっていないのは海という障壁があるからだ。今回はこのような自然の障壁について語ってみたいと思う。

 これは最強の障壁である。海は軍事行動を難しくする一方で通商を促すからだ。世界の大都市の多くは海岸部に面しており、これらの港から多くの物資が輸出入される。ヨーロッパの躍進も大航海時代がきっかけだった。このように海は経済的にむしろ有利な状況を作り出す。海洋国家は大陸国家よりも豊かなことがほとんどだ。

 周囲を海で囲まれた島国は地政学的に最強の存在だ。日本やイギリスと言った国が該当する。貿易はしやすいし、外敵はせめて来ない。島国を攻めるには海軍が必要で、海岸に上陸したら今度は地上戦を行わねばならない。これは侵略者によって多大な負担になる。

 擬似的な島国になるというケースもある。アメリカがそうだ。この国は周辺のライバルになりうる国家を全て無力化したため、陸上の脅威は無縁になった。アメリカほどではないが、中国のような国もそれなりに島国に近いとも言える。

 海はその特殊な性質によって海軍という軍種を作り出した。日本・アメリカ・イギリスといった海洋国家は常に強力な海軍を持っている。島国は地上から攻められるおそれがないため、海軍さえ強力なら安全保障は盤石だ。その反面、陸上戦はあまり得意でない。そのため現地の同盟国と組んで戦力を投射するという戦略を好む。

山岳

 山岳もまた、侵入者にとっては強力な障壁となる。山岳国は攻略が難しく、ゲリラ戦の果てに撤退というケースが多い。山岳国家は難攻不落で、勇猛果敢な山岳民族の伝説はいくらでも存在する。山岳は国境線とされることが多く、両側で民族や言語が異なることもお多い。朝鮮半島と中国とか、スペインとフランスとか、山岳を境にしている国境は安定しやすい。

 ただし、山岳と海には決定的な違いがある。海は通商を促進するが、山岳は通商を阻害するという点である。南米大陸はアンデス山脈によって東西に分断されてきたし、チベットの通行不能の地形はモンゴロイドとコーカソイドという2つの人種まで作り出してしまった。

 山岳を見ていると、いくつかの国は山岳ゲリラ国家というべき存在である。この手の国は豊かではないが、いざ攻めると驚くべき粘り強さで侵略者に抵抗し、しばしば勝利することが多い。

 山岳国家の代表格はアフガニスタンだ。この国は1919年にイギリス軍を、1989年にソ連軍を、2021年にアメリカ軍を打ち破っている。いずれも当時世界最強の超大国だ。アフガニスタンは超大国の墓場といわれており、3つの超大国はアフガニスタンのゲリラ戦に耐えきれなかった。

 ここまで極端ではなくても、山岳国家は独特の防御力の強さから生き延びていることが多い。スイスやモンテネグロは典型例だ。イエメンやミャンマーの周辺部、独立には失敗したがチェチェンやチベットも該当するだろう。コーカサスには急峻な地形が原因で少数民族が多く、他に見られない言語密集地域となっている。エチオピアが第一次エチオピア戦争でイタリアに勝利したのも山岳国家という性質が原因かもしれない。

凍土

 凍土もまた強力な障害となる。これが成り立つ国は主に極北の国に限られる。南極は無人地帯であり、地政学的にあまり意味を持たないだろう。

 カナダは凍土は多いが、人口密集地が東西に細長く、お互いとの交通よりもアメリカとの交通の方が容易なため、障壁にならない。それでも米英戦争の際には米軍の北進を撃退した。

 凍土の国といえば何と言ってもロシアである。ロシアは平原の果てしなく続く国なので、一見侵略しやすそうに見えるが、実際は気候が理由でユーラシアの大国は攻め込みにくい。特に東部のシベリア地域に顕著である。

 ロシアと東アジアは凍土によって隔てられている。おかげでロシアは日本や中国から侵略されるリスクがほとんどなかった。ロシア極東部は人口が稀薄であり、ロシアの人口密集地から遠く離れているのに、この地域が日中に奪われることは無かった。1919年の日本軍もバイカル湖まで進出したものの、撤退している。一方でロシアもまた極東に深く進撃するのは難しい。日露戦争でロシア軍が敗れた理由の一つは日本があまりにも遠く離れた地だったからだ。

 ロシアの極東部に対する関与はアメリカのユーラシアに対する関与とよく似ていた。ロシアは極東に戦力投射するのは難しい。少なくとも、長期的に統治するのは難儀だ。1945年にロシアが満州と北朝鮮を征服しながら、現地人にあっさりと引き渡した理由でもある。帝政時代のように利権を自国で確保しようという試みもあったのだが、それよりも同盟国を介した間接的な勢力誇示の方が得策だと考えたのだ。英米が最終的に融和したのは大西洋という天然の緩衝地帯があるからだが、中国とロシアが決定的な戦争状態になったことが無いのも、凍土という緩衝地帯があるからだろう。

熱帯雨林

 熱帯雨林はヨーロッパ・東アジア・北米という世界の三大経済地域には存在しないため、海や山岳に比べてあまり話題になることはないだろう。

 ただ、熱帯雨林もまた自然の障壁としては強力である。例えば南米には世界最大の熱帯雨林であるアマゾンが存在しており、これはブラジルにとって天然の要害となっている。ペルーやコロンビアといった南米大陸の西海岸の国がブラジルを攻めることはほぼ不可能だ。南米の西海岸の国は人口の大半がアンデス山脈の山麓か沿岸部に住んでおり、アンデスの向こう側に存在する熱帯雨林にはほとんど人が住んでいない。

 熱帯雨林が戦争のおいて重要な障壁となったのは太平洋戦争だ。ニューギニアの戦いで日本軍は甚大な被害を出し、これ以上進むことができなくなった。「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」とまで言われたものだ。日本軍はオーストラリアの方面に進もうとしたのだが、ニューギニアのジャングルに阻まれ、どうしようもなくなった。

 また、熱帯雨林は東南アジアのゲリラ戦にも大きな影響をもたらしている。ベトナム戦争やカンボジア内戦では密林に潜むゲリラ部隊を掃討することはかなり難しかった。米軍は熱帯雨林に対する備えが難しかったため、ベトナム戦争でかなりの苦戦を強いられた。ロシアと同様、気候の違いは侵略者に対する強力な防壁となるのだ。

 必ずしもジャングルだけではないが、アフリカの熱帯気候もまた、外部の侵略者を遠ざけていた。現在こそアフリカは世界で最も遅れた地域と思われているが、これは熱帯気候のおかげで原住民が生き残ったからだ。アフリカと同等に遅れていた北米・南米・オーストラリアの原住民は白人によって一掃されてしまった。アフリカの最貧国は生き残っただけマシかもしれない。

砂漠

 これらの防壁と並ぶ自然の障壁が砂漠である。ただし、砂漠は侵入者を防ぐ上で思いの他、役に立たない。山岳ゲリラ民族は有名どころが沢山あるが、砂漠はほとんど存在しないのである。

 砂漠地帯と言えば何と言っても中東だろう。この地域は地政学上非常に重要で、現在も多くの戦争が繰り広げられている。ただし、中東諸国は昔から幾度となく侵略を受けてきた。エジプトは周囲を砂漠で囲まれている島国だが、日本と違って歴史上常に侵略を受けてきた。アケメネス朝に征服されてからナセル大統領がクーデターを起こすまで、エジプトを現地の住民が統治したことはほとんどなかった。現代においてもイラクをはじめとした砂漠の国は簡単に外敵に侵略されてしまう。イラク侵攻の際の米軍のルートを検証しても、砂漠地帯を回避した痕跡はない。

 民族分布をみてもこれは明らかになる。自然の障壁がある個所は少数民族が生き残っていることが多い。例えばコーカサスやバルカン半島には古来から残るマイナー民族がたくさん存在する。シベリアの凍土にも、モンゴロイド系の少数民族が多数存在する。アマゾンに至っては未接触部族すら存在するのだ。これに対して中東の砂漠に似たような存在は無い。全部アラビア語の世界である。

 ユーラシアの東西は交流が難しい。これを反映して東部はモンゴロイド、西部はコーカソイドと人種が違っている。両者の境界となるのは北からシベリアの凍土・中央アジアの砂漠・ヒマラヤの山岳・ミャンマーの熱帯雨林である。この中で、一番東西の交流が盛んだったのは間違いなく中央アジアの砂漠地帯だ。カスピ海から敦煌に至るトルキスタン地域はモンゴロイドとコーカソイドが入り混じった顔をしており、いわゆる「ハーフ顔」である。やはり砂漠の障壁が一番超えやすいのだろう。

  砂漠はどうにも自然の障壁としては使いにくいようだ。唯一交通の障害として大きな影響を与えたのは世界最大のサハラ砂漠だろう。人類学でも「サハラ砂漠以南のアフリカ諸国」という用語は常に使われる。北アフリカはユーラシアと同じ扱いであり、サハラ砂漠で隔たった中南アフリカは別の大陸という扱いとなる。

まとめ

 今回は地政学的に重要な自然の障壁について論じた。海はこの中で理想的な障壁である。通商を促す一方で外敵を防ぐからだ。日本やイギリスといった海洋国家が経済成長に成功したのは一つは海のこうした性質によるものだ。

 一方で山岳・凍土・熱帯雨林といった障壁は外敵にとって強力な障害となるが、通商にとっても邪魔になる。アフガニスタンのような山岳国は外敵にとって難攻不落の要塞となっているが、経済的にはどうにも恵まれない状態が続いている。例外はスイスだが、これは周囲がドイツやフランスといった先進国であり、通商が容易だからだ。同様にロシアやベトナムと言った国も難攻不落だが、経済発展は難しい。

 砂漠はこの中で比較的弱い障壁だ。中東地域で古代文明が育ったのは一つはこの影響だろう。ただ、砂漠は外敵を押し留める役割を果たせなかったので、中東は幾度となく侵略に悩まされる地域となった。現在もこの地域は深刻な紛争が続いている。

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