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<地政学>シーレーンの要衝・チョークポイント13か所を解説する

 地政学には「チョークポイント」という概念がある。一言で言うと海が狭くなっていて、そこを通らないと物流が成り立たないポイントのことだ。具体的には海峡や運河である。世界のシーレーンを考える上ではチョークポイントを抑えることは非常に重要となる。戦争やテロなどが起きるとしばしば話題になる地点もチョークポイントだ。今回は世界の海の中でも特に重要なチョークポイントを解説していこう。

マラッカ海峡

  マラッカ海峡は世界の海峡の中でも最も重要なものの一つだ。この海峡は太平洋とインド洋を繋ぐチョークポイントであり、古代から物流の中心となっていた。

 大英帝国はこの地点を支配するためにオランダからマレー半島を奪ってシンガポールに拠点を置いた。オランダとは1824年の英蘭協約を結んでインドネシア側の支配を認めた。しかし、1941年に日本軍の攻撃でついにシンガポールは陥落し、大英帝国の支配には終止符が打たれる。

 現在、この海峡を支配しているのはアメリカだ。シンガポールは常に西側寄りであり、マレーシアやインドネシアといった国も同様だろう。今後中国海軍が強大化した場合もマラッカ海峡を越えてインド洋に進出することは難しく、中国海軍にとってのアキレス腱となるだろう。中国がペルシャ湾岸からの石油を輸入する際に、アメリカ海軍の抑えるマラッカ海峡を通過しなければならないのは大変なリスクである。

ロンボク海峡

 マラッカ海峡の南西にあるチョークポイントがロンボク海峡だ。この海峡もそれなりに重要である。マラッカ海峡は狭いうえに水深が浅いため、大型船舶は通ることができない。ジャワ島とスマトラ島の間にあるスンダ海峡も同様だ。そのため、大型船舶が太平洋からインド洋に出るときは東のロンボク海峡を通ることになる。この海峡もまた、マラッカ海峡に次いで地域で重要だ。

 ちなみにこの海峡は深いため、氷河期に海面が低下しても海のままだった。ジャワ島やスマトラ島がユーラシア大陸と繋がっていたのに対し、ロンボク海峡よりも東は繋がらないままだった。したがってバリ島以西とロンボク島以東では生態系が異なる。これを生物学ではウォレス線と呼んでいる。オーストラリアに固有種が多数生息しているのはこのウォレス線のおかげなのだ。

バシー海峡

 マラッカ海峡と違ってそこまで細くないが、軍事的に重要なポイントとなるのはバシー海峡だ。この海峡は中国海軍が太平洋に進出するうえで通る可能性が高いからである。中国の海洋進出が難しい理由は中国の周りに孤になるように列島が覆いかぶさっていることによる。その中でも最も鬱陶しいのは台湾だろう。台湾によって中国の海洋戦力は東シナ海と南シナ海に分断されており、南シナ海側の海軍が太平洋を出るときに必ず通るのがバシー海峡である。

スエズ運河

 スエズ運河は地中海とインド洋を結ぶ世界でも極めて重要なチョークポイントだ。この地域に運河を作ろうという構想は昔から存在し、紀元前に実は運河が存在したのではないかとも言われている。古代の運河は埋もれてしまったが、この地域に近代になってから再び運河が建設された。

 イギリスは英領インドとの交通を確保するために絶対にスエズ運河を抑える必要があった。ナポレオン戦争でもエジプトは戦場となったし、のちにイギリスはエジプトを植民地化することに成功した。19世紀の大英帝国はパナマ運河を除くほぼすべてのチョークポイントを押さえていたことになる。第二次世界大戦でもリビアからドイツ軍がエジプトに進撃しようとしたが、かの有名なエルアラメインの戦いで打ち破られている。

 この運河は戦後も争点となってきた。1956年のスエズ危機では運河を巡って英仏イスラエルとエジプトの間で戦争が勃発した。1967年の第三次中東戦争でイスラエルがシナイ半島を奪取すると、運河は通行不能となり、両軍の間で消耗戦争と呼ばれる激しい小競り合いが行われた。最終的にエジプトイスラエル平和条約によってようやく運河は平和に通行できるようになった。両国が和平を結んでいる限り、今のところスエズ運河は安泰である。

バブ・エル・マンデブ海峡

 バブ・エル・マンデブ海峡はスエズ運河と並ぶインド洋と地中海を結ぶチョークポイントだ。こちらの方はどうにも地味である。

 現在この地域も緊張に晒され始めている。2015年より続くイエメン内戦でイランと親密なシーア派民兵のフーシ派がイエメンを支配しているからだ。民兵組織ということになっているが、実際はハマスのように完全な統治主体である。2023年のイスラエル・ハマス戦争に乗じてフーシ派はイスラエルの船舶を攻撃するようになっており、この海峡は紛争地帯となった。

 やや位置はズレるが、少し前に問題となったのはソマリア沖の海賊である。海峡の東に位置するアデン湾にソマリアの海賊が出没し、タンカーを襲うなど脅威をもたらしていた。最近は国際社会による取り締まりが行われたこともあって、海賊は下火のようだ。

ホルムズ海峡

 世界で最も地政学的に不安定なチョークポイントと言えば何と言ってもホルムズ海峡であろう。チョークポイントを巡る議論でも最も問題視されていることが多い。あまりに危険なのでホルムズ海峡の保険料は別枠らしい。

 ホルムズ海峡の重要性はペルシャ湾岸に世界の石油の半分が埋蔵されていることによる。ここは世界経済の心臓部であり、もしホルムズ海峡の石油流通が不可能になれば世界経済は大打撃だろう。スエズ運河やパナマ運河は遠回りできないこともないが、ホルムズ海峡の場合は本当に困ってしまう。

 ホルムズ海峡にとっての脅威は1979年のイラン革命でアメリカに敵対的な政権がペルシャ湾を脅かしていることによる。アメリカが中東にエネルギーを注いでいる理由はこのためだ。イランイラク戦争の時はアメリカ海軍が海峡を監視し、石油の流通が脅かされないか見張っていた。もしイランが海峡を封鎖すればアメリカにとってはひとたまりもない。

GIUKギャップ

 この地域はチョークポイントとは言えないくらいに広いかもしれない。それにもかかわらず、この海域は海洋の地政学を考える上で重要である。

 GIUKギャップとはグリーンランド・アイスランド・ユナイテッドキングダムの頭文字を取ったものだ。これらの国の間の海域のことを差す。

 GIUKギャップはドイツとロシアが大西洋に出る際に通る必要がある地点だ。第二次世界大戦でドイツはUボートでイギリスとアメリカを結ぶ通商路を破壊しようとした。イギリスはアメリカからの船による援助に依存していたため、どうしても通商路を守る必要があった。おまけにこの地点はソ連への物資も運搬していた。第二次世界大戦でイギリスはこの海域をドイツ海軍から防衛し、アメリカからの支援物資を守り抜いた。

 冷戦時代もソ連の海軍を北極海に封じ込める役割を果たした。ソ連の原潜がこの海域を通過しないか米海軍は常に見張っていた。この地政学的なにらみ合いは現在も続いているだろう。

スカゲラク海峡

 バルト海と北海をつなぐチョークポイントがスカゲラク海峡である。他にもこの地帯にはいろいろ海峡の名前が存在するが、スカゲラク海峡で一括で説明することにする。

 この地帯はスウェーデンとデンマークの境界に当たり、近世は幾度となく戦争が繰り広げられていた。近代になってスウェーデンが衰退するとこの海峡への軍事的圧力は和らいだ。ドイツはキール運河でバルト海と北海を接続し、この海峡はパナマ・スエズと並んで世界三大海峡に数えられるほどである。

 大陸国のロシアは海に出るのが非常に困難だ。ロシアの海軍は北極海・バルト海・黒海・太平洋・カスピ海の5つに分断されており、お互いの行き来が極めて困難だ。日露戦争の時にバルチック艦隊を太平洋に送るのも半年もかかってしまった。スカゲラク海峡を封鎖されてしまえば、ロシアの海軍は一瞬で行動不能になるだろう。この地域は完全にNATOが抑えているので、ロシアに勝ち目はない。

ジブラルタル海峡

 いわずと知れた有名海峡がジブラルタル海峡だ。この海峡はヨーロッパとアフリカを分ける境界にもなっている。それにもかかわらず、中世にはアラブ人が海峡を越えてイベリア半島を支配するようになった。ジブラルタルの名前もイスラム帝国の将軍に由来している。

 近世になると、海洋覇権国のイギリスがジブラルタル海峡を支配することを欲するようになる。この地域は幾度となく戦闘の舞台となった。スペイン継承戦争でイギリスはジブラルタルを占領し、講和条約の結果イギリス領とするようになった。

 ジブラルタルは現在に至るまでイギリス海軍の重要基地となっている。トラファルガーの海戦もジブラルタルのイギリス海軍とフランス海軍が激突した。第二次世界大戦後はこの地域はNATOが完全に支配下に置いている。

 スペインは幾度となくジブラルタルの返還を求めてきた。地理を考えれば当然かもしれない。ただし、スペインはモロッコ側にセウタとメリリャを保持しており、人のことを言えるのかという問題はある。

ボスポラス・ダーダネルス海峡

 この海峡は世界史の中でも最も争点となった海峡かもしれない。この二つの海峡はマルマラ海を挟んで黒海を地中海に通じている。両方まとめてturkish straitとも呼ぶらしいが、日本語では定着していない。ロシアが地中海に進出する上ではどうしても通らなければいけない海峡である。

 問題はこの海峡がトルコの心臓部を通るということだ。オスマン帝国の首都イスタンブールはボスポラス海峡をはさむような位置にある。トルコとしてはロシアの海軍が堂々と通る事態は避けたい。ロシアとトルコが衝突する最大の原因はこの海峡の通行権であり、両国は10回以上も戦争を繰り広げている。トルコがここを抑えているせいで、日露戦争の時も黒海艦隊は戦争に参加できなかった。直近の戦争は第一次世界大戦だ。イギリスはロシアと接続するためにガリポリ上陸を企てるが、記録的失敗に終わっている。

 冷戦時も重要となったのが両海峡である。アメリカもソ連の地中海進出を恐れており、トルコとギリシャは冷戦の最初の争点となった。トルコが早期にNATOに加盟した理由でもある。モントルー条約によって戦時中はこの海峡のロシア海軍の通行が禁止されており、ロシアにとっては海軍の運用能力を大きく妨げられている。

 それにしてもイスタンブールの立地はすごい。世界史マニアであればこの都市が世界最強の古都であることに異論を唱える者はいないだろう。何しろヨーロッパ・中東・アフリカ・内陸ユーラシアの結節点なのだ。2000年以上もイスタンブールは繁栄を続けていたし、これからもその輝きは増すはずだ。

ケルチ海峡

 現在、最も軍事的緊張に晒されている海峡だろう。ケルチ海峡はアゾフ海と黒海を結ぶ海峡である。2014年のクリミア併合でロシアが両岸を支配したため、ウクライナはロシアに黒海への出口を奪われた。ロシアはすぐさま両地域をつなぐクリミア大橋を建設し、ウクライナの船は航行を制限されてしまった。

 2022年のウクライナ侵攻でロシアはアゾフ海の北岸を完全に抑えたため、アゾフ海はロシアの湖になった。ウクライナはクリミア半島経由の物資補給を邪魔するため、常に海峡をまたぐクリミア大橋の破壊を狙っている。

パナマ運河

 これまた交通の要衝である。パナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶチョークポイントだ。この地域もまた海軍超大国アメリカの支配下にある。アメリカにとってこの海峡は非常に重要だ。パナマ運河が無ければアメリカの東海岸と西海岸はマゼラン海峡を大回りしなければ往来することができない。したがってアメリカは常にパナマ運河を支配下に置こうとしてきた。1999年までアメリカはパナマの運河地帯を自国領としていたくらいだ。

 その重要度にもかかわらず、パナマ運河は主要な紛争の舞台になったことはない。西半球に存在するため、ユーラシアの強国の手が届かないのだ。

フロリダ海峡

 フロリダ海峡はパナマ運河ほど交通の要衝という感じはないが、アメリカにとっては国家安全保障上欠かすことのできない地域である。アメリカの東海岸とメキシコ湾ひいてはミシシッピ川との交通を保証する地域だ。

 この地域はアメリカにとって重要であるため、争点になってきた。アメリカはスペインから早々にフロリダを買収し、この地域を確保しようとしてきた。1899年には米西戦争でキューバを奪い、完全に脅威を取り除いたかのように思えた。 

 ところが1959年のキューバ危機でアメリカは深刻な問題を抱えてしまう。アメリカがキューバの問題に異様に固執するのはフロリダ海峡を反米勢力に抑えられるのを恐れているからだ。アメリカは幾度となくキューバを倒そうとしてきたし、いまだにこの国は頭痛の種だろう。


まとめ

 今回は海洋の地政学を語る上で重要なチョークポイントをあらかた解説した。地政学の最も重要な点は地理的関係が不変であることだ。重要なチョークポイントは古代から繰り返し争点になったし、これからもそうだろう。これ以外のチョークポイントが存在しないと断言することもできない。例えば対馬海峡は日露戦争において重要なチョークポイントになった。地球温暖化で北極海航路がメジャーになればベーリング海峡が重要度を増すかもしれない。

 大陸国家のドイツ・ロシア・中国はこうしたチョークポイントによって常に覇権国家の海上封鎖を受けてきた。第一次世界大戦でドイツ海軍は北海に封じ込められ、外洋に出ることはできなかった。ロシアはバルト海・黒海・北極海に封じ込められており、これまた幾度となくチョークポイントを突破しようと争いが続いてきた。今後中国が勢力拡大をすることが懸念されているが、海洋進出は困難を極めるだろう。中国本土に覆いかぶさるように沖縄・台湾・フィリピンが存在し、いずれもアメリカの縄張りとなっている。インド洋方面に出ようとすればインドネシア周辺の無数のチョークポイントを突破しなければならない。中国海軍がこれらの地点でアメリカ海軍に勝利するのは極めて難しいと思われる。

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