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嫌いだった上司の尊敬できるところ

前職の塾の人員配置は1つの校舎に新卒の私と5つくらい年上の校長、ブロックごとの校舎全てを見ているブロック長、さらにその上のエリアごとの校舎をすべて見ているエリア長の計3人の上司がいました。
今回は備忘録にその上司たちに対して見習いたいと思ったことをあげていきます。

最初の上司、校長

最初の校長だった上司は私が入って3か月くらいでいつの間にか消えました。
バイトのことを駒って言ったり、子供は嫌いだから生徒対応はしなかったり、絶対ポスティング行かないのに私のポスティングの帰りが遅いとサボっていると疑ってきたり、引継ぎも辞めるの一言もなく消えたりととりあえず一番嫌いな上司でした。

さらにその嫌いを増大させた事件がありました。
それは校長が消えて数日後、おとなしそうな男の子が綺麗でキツそうなお母様と信じられないくらいいかついお父様とともに校舎にやってきました。
少し嫌な予感がしつつ出迎えると、「今日から授業入ってるよね?」とのことでした。

私の頭の中は「なんのことだ?」「知らんぞ?」「聞いてないけど?」「この子は誰だ?」など大量のはてなで埋め尽くされていましたが、ただ非常にヤバい状況になっていることは理解しました。
調べると消えた上司が辞める寸前に入塾させた生徒で、スタート日だけ決めて何を受講するかもいつからなのかもどのレベルなのかも何にも引継ぎをしていないことが分かりました。
とにかく精一杯謝罪をしましたが、お父様もお母様もカンカンでどうしようもなかったです…。せめて普通のご家庭であってくれたら…と何回も思いましたが起きたことは起きたことで向き合うしかない。
こんなところでやっていけないので入塾の件はなかったことにしろという申し出を、改めて話し合いの場を設けるところまでなんとか持っていきました。(ほぼ泣きながら)

この時に私は、「自分が辞める時はしっかり引継ぎをして後の人が困らないようにしよう…!」と固く決意しました。
結局尊敬できるところも見直すところもない最後まで嫌いな校長だったけど、引継ぎの重要さを思い知る反面教師として良い存在でした。

2人目の上司、ブロック長

最初の上司の校長が抜けたところに補充は無く、私が1人校舎在中社員で、たまに来るブロック長がブロック長と他校舎の校長を兼任しながら私の校舎の校長という肩書きを持つことになりました。

さて、先ほどの親子の話し合いですが、責任者が行うということでこのブロック長が行うことになりました。
なにも悪くないブロック長に謝罪させるのも申し訳ないと感じつつ、「謝罪なら任せろ!」というブロック長のお言葉に甘えお願いすることにしました。
謝罪面談当日、来校されたときの雰囲気は最悪でした。カチコミに来たかのような雰囲気でどう責めたててやろうかという考えがバチバチ伝わってきました。

面談室で面談が始まり強い怒気の含んだ声が大きく聞こえて、私はハラハラしながら仕事をしていました。
任せろと言ったってこんな様子じゃ謝罪して穏便に終わったら良い方だろうなと考えていた私の耳にしばらくしてから信じられない声が聞こえてきたのです。
それは怒号でも泣き声でもなんでもなく、お母様とお父様の笑い声……。
もう怒りすぎておかしくなってしまったのかと最初は恐怖を覚えました。

しばらくすると「とりあえず入塾することになったから」とブロック長が契約の準備をはじめました。
どんな話をしたらあの謝罪から笑いが起きて契約に結び付くのか、私はもう訳が分からなかったです。
面談と契約が終わりお客様が帰る時も、来校されたときの雰囲気とは全く変わっており、お母様は笑顔で「よろしくね」なんて仰ってくれるし、お父様も「この前は言い過ぎた」なんて仰ってくれて、私は困惑して引き攣った笑顔しか出せず、その顔のままお送りした記憶があります。

私も前の校長も手を焼いた別のお客様を対応してもらった時も、お客様は「この人(ブロック長)の対応以外受け付けない」という様子になっており、当のブロック長も「全然大変なお客様じゃなかったよ」とケロッとした顔で面談を終わらせました。
とにかくこのブロック長は謝罪やクレーム対応が上手かったんです……。本当に信じられないくらい。

講習会のKPIや入塾が伸び悩んでいたり校長が辞め大量の仕事に手が回らず提出物の締め切りが過ぎたりしているとエグいくらい詰めてくるところや、それいるんか?というような回覧や提出物を大量に流してくるところはかなり本気で嫌いでした。
ですが謝罪が上手いところ、それどころかマイナスイメージを持った人間をプラスイメージに変えてしまうところは非常に尊敬できました。
何年経ってもこの上司には追いつけない、初めてそう思わせてくれた上司でした。

ただ、他にも大変な校舎を抱えていたり、ブロックの売り上げが伸び悩んで上から詰められたりと心労が祟って、冬の受験シーズンに退職していきました……。

3人目の上司、エリア長

最初の校長が辞めたときと同様に、ブロック長が抜けたところに補充は無く、更に上のエリア長がエリア長とブロック長とブロック長が校長だった校舎の校長を兼任する形になりました。
私はこの辺でいよいよこの会社大丈夫かなという気持ちがMAXに達します。

この頃になると私も基本問題なくひとりで校舎を運営できるようになっていたので、エリア長も校長という肩書はありつつ顔を出すのは珍しいレベルでした。
そのためこの上司に対して嫌いなどの感情を持つほどではなく今までで一番良い関係性でした。
やはり人間、「適度な距離感」が一番人間関係を良く保てるのではないでしょうか……。

ですが、生徒やアルバイトからみるとこの上司は背が高くて目つきが鋭くてとにかく怖がられていました。
この上司のすごいところはこれだけ見た目で怖がられているのに、生徒と仲良くなるのが上手いところでした。
本人曰く「全然興味ないけど生徒の好きなキャラクターとか勉強して話が合うようにしている」とのことでした。
いい歳したおじさんがサンリオキャラとかゆるキャラとかを勉強している姿が可愛くて一気に推しになりました。
生徒たちが楽しく塾に通ってくれるために、忙しい身でありながら自分の仕事に直接関係のないことでも進んで学習する姿勢が非常に尊敬できました。

最終的にこの上司も、エリア長・ブロック長・複数の校長を兼任したことで多忙が祟り、体調を崩して次年度にはエリア長は降りてしまいました。

そして今

3人目の上司の体調不良の原因に加担しているといっても過言ではないのでかなり申し訳なく思いつつも私はこの会社を退職していきました。
この会社を辞めたいという気持ちもありましたが、それだけでは恐らく辞めたいと言いながらも続けることになっていたと思います。
その気持ち以上に自分のやりたいことをやりたいという想いがあり、それが強く退職を後押ししてくれました。
結果的にいま広報というやってみたかったお仕事に就けて、退職の判断は間違っていなかったと信じています。

それぞれの上司から大事なことを学べて、やはり上司は上司なんだなと感じました。
私もそんな頼りになって学びを与えられる上司になれるように努力しようと心に決めました。

最後に……
このnoteを当時の上司がどうか見ていませんように。


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