2章 3話 守りたいもの

 早朝、俺は04小隊の隊舎に集合していた。

「オーフェン、集まるのはまた貴方が最後ね。」

事務室に入るとソファーに座っていたイレイナが俺に噛み付いてきた。

「うるせえよ!別にいいだろ、集合の5分前に来てるんだぜ?
あ、隊長、それとメイファンも!おはようございます!」

「おはようオーフェン、朝から賑やかになっていいね」

「お、おはようございます……」

俺はイレイナを一睨みしてからソファーの端に座った。
一昨日に解散した時はなんだか元気がなさそうだったから、ほんの少しだけ心配してたってのに………。
なんだよ全然元気そうじゃねえか、心配して損したな。

ディアモンテが軽く手を叩いて話し始めた。

「さて、まず軽く情報共有などからしていくぞ。
二人とも心配していたであろうイレイナの身体には魔術や呪いの類は確認されなかった、安心していい。」

ディアモンテがそう話した後にイレイナが軽く頭を下げた。

「この度は心配をお掛けしました、これからの任務でこの汚名を払拭させていただく所存であります。」

「全くだよな〜、心配して損したぜ〜」

「黙れオーフェン。」

「ふ、二人とも仲良くしようよぅ…」

「ははは、さて次は本部に対する私の報告内容と、本部からの指令についてだ。

私は今回の農村での獣害が魔種の猿によるものであること。
またこの魔種に対して影で暗躍する魔女の存在を確認したことを本部に報告した。

それに対しての本部からの回答は、今現在リーメル国内の複数の場所で魔種による被害が頻発しており、又、魔種が出現した近辺では必ず魔女の目撃情報があったとのこと。
魔女に関しては早急に対処したいが、帝国との戦争下で騎士団はあまり動かせない。

よって!我々04小隊が魔女を見つけ出し、拘束して連行してこい、と任務を受けた。」

「………」

「へえー!おもしろそうじゃないっスか!つまり魔種による被害が報告されれば、リーメル国内のどんな場所でも俺ら04小隊が急行して魔種をぶっ飛ばす!ってことっすよね!」

「そ、それと並行して魔女も探さなきゃなんだよオーフェン…大変だよぉ…」

「うむ、我々04小隊は魔女捜索と魔種討伐の二つの任務を受けたことになる」

おいおいワクワクしてきたな!次はどこでどんな魔種と戦う事になるんだろう?

「では隊長、次の魔種はどこにいるんですか!?早速倒しに行きましょう!俺の特大剣が火を吹くぜ!」

「いや、今のところ魔種の発生は報告されてないからな。
魔種の発見報告があるまでは治安維持の為のパトロールや街の掃除が主な活動内容になるぞ。
この後で我々が受け持つ見回り区域を教えるから今日から実際にパトロールしていこう!」

「ええ〜!」

さあ早速行くぞー!と握り拳を掲げながら隊長が事務室を出ていき、その後ろをメイファンがついていく。

俺は地面に手をついて項垂れていたのをやめて、その後を追いかけようとした所でイレイナがソファーに座ったまま俯いているのに気がついた。

「どうしたイレイナ、行くぞ?」

「……え、あ、ああ、ごめん…。」

「なんだよ、女の子特有のアレ?腹痛い感じ?」

「違う、黙れ」

俯いていたかと思えば、急に不機嫌になってズンズンと早歩きで出ていくイレイナに俺は困惑しっぱなしだった。
なんなんだ?あいつの機嫌は本当に分からねえぜ、全く困ったもんだ……。


 パトロールの地区を実際に見回りしながら教えてもらった俺たちは翌日から当番制でパトロールをするようになった。

初めは自分の生まれ育った街の中を騎士鎧を身につけて見回るのはなんだが気恥ずかしいような、照れ臭いような気がしたが、5日も経てば慣れたもんだ。

「おはよう!八百屋の旦那、腰の調子はどう?良くなった?」

「おう!おはようオーフェン!何言ってんだ、昨日の今日で良くなるわけねえだろがい!わはは!」

「そりゃそうか!あ!花屋の婆ちゃん、その荷物重いだろ?俺が持つよ、店内のどこに置くやつなんだ?」

「本当かい?助かるよこっちまで運び入れておくれ」

「お安い御用ってやつだぜ!」

花屋の婆ちゃんの荷物を運び終えた俺に八百屋の旦那が手を振っていた。

「おーいオーフェン!じゃあこの野菜も運んでくれよ!」

「ええ〜、旦那は男だろ?しっかりしろよな!」

呆れる俺に、他の屋台の人も笑って野次を飛ばしていた。

「わははは!オーフェンはもう騎士様なんだからよ!八百屋の手伝いさせちゃダメだろうや!」

「なんだよ、ちょっとくらい手伝ってくれたって良いじゃねえか!最近ずっと腰が痛えんだよな〜」

俺は満面の笑みで旦那にガッツポーズを見せつけながら商店街を抜けた。
少し陽の当たりづらい路地裏なんかもふらりと歩いてみたりするけど、やっぱ平和なんだよな〜この街。
今日も何事も無さそうだ。

ふらふらと当てもなく街を歩いて、陽が降りかけてきた頃にまた商店街に戻ってきた俺は、八百屋の手前に沢山の芋が転がっているのが見えて走り寄った。

「お、おい!旦那!?どうしたんだよ!」

沢山の芋が入っていただろうカゴがひっくり返っていて、側で八百屋の旦那が地面に蹲っていた。

「オ、オーフェンか?腰が、急に痛くなってよ…ちょいと待ってりゃ落ち着くはずだから…」

「そんな訳あるか!凄え汗だぞ!!」

顔に大量の汗が流れている旦那の様子は明らかに普通じゃなかった。
どうするか悩んでいた俺の元に騒ぎを聞きつけたのか、メイファンが駆けつけてきてくれた。

「た、大変…え、えっと、私どうしよう?」

「ナイスだメイファン!俺は旦那背負って診療所に連れてくからよ!店のこと頼んだ!!」

「わ、わかった!任せて!」

八百屋をメイファンに任せて俺は旦那を背負って走り出した。

「旦那!ちょっと揺れるけどしっかりしてくれよ!診療所まで運ぶからな!」

「すまねぇなあオーフェン……」

「気にすんなよ!これも騎士の役目だぜ!」

そうして俺は旦那を診療所に運んだ。
どうにも旦那の腰は炎症が相当に酷いらしく、鎮痛薬を貰いながら当分の間は安静にしているように言われていた。

「旦那がいない間の八百屋は大丈夫なのか?」

俺は旦那に肩を貸しながらまた八百屋に戻るべく街を歩いていた。

「いんやあ、どうもなんねえな……暫く八百屋は休むわ」

「そっか……俺にできることがあったらまた言ってくれよな」

少しして八百屋に戻ると店先と店内には野菜が一つも無く、店の中のカウンターでメイファンが袋を抱えて待っていた。

「今戻ったけど…メイファン?何で野菜が一つもないんだ?」

「おかえりオーフェン!そのぅ、待っている間に私が店番をしようと思って店番をしてたんですけど……
何故か大繁盛して、野菜が全部売れちゃったんです!」

そう言ってメイファンが抱えていた袋の中身を見せてきた。
中には大量の硬貨が入っていて、全部合わせればそれなりの大金だ。

「なんてこった、これなら暫く休んでも飯には困らないだろうや!ありがたや〜メイファンちゃん〜俺の女神だ!」

「凄えな!メイファン八百屋になった方がいいんじゃないか!?」

「そ、それじゃあ私たちはこれで!い、いこうオーフェン!」

八百屋の旦那が目を輝かせながらメイファンを拝みだし、メイファンは逃げるように俺の手を引いて八百屋を後にした。

そのあとはそのまま二人で街をパトロールし、隊舎に戻る道中で少し寄り道をして、何気なく小さな公園で夕暮れを眺めていた。
メイファンがポツリと話し始めた。

「あ、あのね、オーフェン…本当は多分、私のおかげとかじゃなくて…」

「んぇ?八百屋の話か?」

「あ、そ、そう!
オーフェンが走って行った後に突然商店街の人達が野菜をたくさん買い出して……。
何も言ったりしなかったけど……きっと、商店街のみんな分かってたんじゃないかなあ、八百屋さん休んじゃうかもって……だから当分の間休んでいても大丈夫なくらいのお金をみんなで出し合ったんだと思う…」

「……そっか……。
あ、そういや、あの時は散らばってる野菜とか八百屋の店の事とか全部メイファンに押し付けちゃってごめん!」

「え…ううん、全然大丈夫だから謝らないで!
騎士の本懐は民の為に動く事だよね、八百屋さんを背負って走ってたオーフェンは、きっと誰よりも騎士だったよ!…な、なんて……えへへ…。」

言い終えた後に照れてしまったメイファンの顔は少し赤くなっていた。

「メイファンっ!お前いい奴だなー!!
な!な!メイファンってなんで騎士になろうと思ったんだ?俺は父親が騎士だったから憧れてさ!」

「そ、そうなの?私は昔、騎士様に助けてもらった事があって、それで、」

俺とメイファンはその後も少しの間、公園で座り込んで話し続けた。

「やべ、そろそろ隊舎に戻らなきゃだ!」

「そうだね、ちょっと走った方がいいかな?」

「あ!じゃあ隊舎まで競争な?先についた方が勝ちだぜー!」

「え、え?そんな急に!?ま、待ってよぉ〜!」

陽が落ちてきた街をメイファンと走りながら俺は思った。

「メイファン!この街ってあったけえよな!」

「…?あっ…うん!みんな暖かいね!」

そうだ、暖かなこの街を、国を、そこに住む人達を、俺は騎士として護りたいんだ。
きっと、亡くなった父親がそうしていたように。

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