2章11話 遺跡調査

特に道中で山賊に襲われたり、襲われている高貴な方を助けたりなどといったトラブルに遭遇することもなく、俺とバルドは無事にエスペンサの街にたどり着いた。

報酬はギルドから渡されるためバルドはギルドに行き、俺は寄り道することなく遺跡に向かった。


 主神の時代の遺跡は突然現れることがままある、特に街からそう遠くない場所だったにも関わらずある日突然見つかるのだ。
これには理由がちゃんとある、簡単に言えば魔法の効力が切れたからだ。
主神が関わっているような遺跡群の多くは防護のための結界や外部から認識されなくなる魔法が掛けられている。
 これらの魔法は非常に強力で、現代魔術師の中でも本当に限られた者にしか認識できず、魔法の解析に関しては全く進んでいないらしい。
 どんな強力な魔法でも無限に続く物はないらしく、いつかは込められた魔力が尽きて効力を失ってしまう、そうして突然出てきたような遺跡が発見されるのである。

 俺はこのエスペンサの遺跡に既に踏み入っていた。

「当たりだな」

 遺跡の入り口に掘られた小さな壁画を見て呟いた。
壁画は観るものに不安感と仄かに漂う邪悪さを感じさせる抽象的な一本の花が描かれていた、魔樹フェルメールだ。

 都合の良いことに遺跡には俺の他には誰もいなかった。
主神の力を使って眼に罠抜けの加護を宿しながら更に奥へと突き進む。
遺跡の内部はそこそこの広さの個室がいくつかあるだけに見えるが、実際には様々な仕掛けがあり、行き止まりに見せかけた壁の向こう側に道があった。
 今までにここを訪れた考古学者たちは何かしら仕掛けがあることには気がついていて、何度か出入りした後ですぐに見つけられるものではないと判断したんだろう、今頃は街で資料を探しているのかもしれない。

 申し訳ないが、俺の本分は考古学者ではなく戦士なのだ。
主神の加護を宿した眼は、壁の向こう側に道があることを透視で簡単に教えてくれた、後は両の手を壁に当てて小さく衝撃波を流してやるだけだ。
 恐らくは学者たちにとっては貴重な遺跡の壁がボロボロと崩れ去り、新しい道が現れた。

「やっぱり一人で行動する方が気楽だし簡単だな、力技でどうにかなるならそれが一番だぜ」

 まだこの遺跡を見つけた考古学者たちが踏み入ったことのないエリアに辿り着いた。
乱雑に道具が散乱した部屋が一つだけあり、ここが遺跡の最深部であることを加護を宿した眼が教えてくれた。
 使い道のよく分からない捻じ曲がった銅器の棒や幾何学模様が彫られた壺などを押し除けながら一つの短剣を拾い上げた。

 普通はもっと丁寧に飾られていたり、祀られているものなんじゃないのか?

まるでゴミのように乱雑に床に捨てられていたこの短剣こそ、俺が探し求めていた神器だった。

 ありとあらゆる呪縛を無かったことにするこの短剣は、英雄アウリクスのいた時代には全く不要の産物だったのだろう。
何故なら一般人が持っていたとしても呪縛に気付けないまま死ぬし、そもそもアウリクスに呪縛の類は一切通用しない。
 乱雑に放られているのも仕方ないのかもしれないが、今の俺にとってはラムを救う唯一の鍵だ。
丁寧に布で包んでから懐にしまった。

「……どうしてここに?」

 俺は背後に向かって声をかけた。
バキッと壺の破片でも踏みつけた音を鳴らしながら背後に居た男が手に持っていた獲物を振り下ろした。
 大槌が遺跡内の遺物を粉々にしながら振るわれ、俺はその場を飛び退いて刺客の顔を確認した。

「バルド、アンタはもっと聡明だと思ってたんだが……俺の勘違いだったみたいだな?」

「そっちが素か?いいね〜、クソガキって感じがしてよ」

俺の背後に居たのはエスペンサまで護衛をしてくれたバルドだった。
軽装に身の丈ほどの大槌を持ったバルドは遺跡内でも狭いとは感じさせない武器の取り回しを見せ、その顔は殺意と悪意に満ちていた。

「正直に言えば俺は残念だと思ってるよバルド、こんなことしなきゃアンタはもう少し長生きできたはずだ」

「フン、ガキに何がわかる? 古代の遺物を使って何しようとしてるかは知らんが、魔女に目を付けられてる時点でお前はもう終わりだぜ?
俺はお前の脊髄を叩き潰した報酬を手に、後の余生を慎ましく故郷の村で過ごすって決めたのさ」

バルドの大槌が宿っている魔力によって赤熱し、遺跡内の温度はどんどんと上昇している。

「これが冒険者バルドとして最後の仕事だッ!」

バルドが裂帛の雄叫びを上げて地面を踏み抜き、全身をバネにするかのように捻って振り回された大槌は

「アンタはベテランの冒険者だった、優秀な方だったんだろ。
なのに判断を間違えたのは年老いたからか?アンタは余計な欲を出すべきじゃ無かった、慎ましく過ごすつもりならこんな仕事するべきじゃなかったと思うぜ」

大槌は粉々に砕け、床に捨てられていた捻じ曲がった銅器の棒がバルドの喉を突き破っていた。

ヒュッと穴の開いた喉から掠れた空気の音が漏れ、バルドはズルズルと壁にもたれ掛かって動かなくなった。

「………」

 俺のことはもう魔女には筒抜けだったらしい。
考古学者ウィリスだとか名乗って偽装しようとしてたのが全部徒労に終わったのだと思うとため息が出た。

 さて、遺跡から出た後はどうやって魔女の追跡を撒こうか。
まず間違いなく監視されていたんだろうからバルド一人寄越して終わりなんてことはないはずだ、第二、第三の刺客が待っているだろう。

 既に呪縛破りの短剣は俺の手にある、向こうから来てくれるなら好都合なのだが、魔女はラムを隠すだろうか?
それとも、まだこの短剣に関しては魔女も分かっていないと考えるのは些か俺の願望が混じりすぎてるような気もする。

 まあ考えても仕方ない、俺は元より考えるよりも先に体を動かしてきたんだ。
どれだけ刺客が来ようとも全部ぶっ飛ばして、ラムを助けに行く、それで良いはずだ。

 俺は気持ちを切り替えて遺跡を抜け出てすぐに黄金の槍を顕現させた。
無から突然沸いたこの槍こそが主神の加護そのものであり、俺が主神の徒であることの証明だった。

「あぁクソ……そう来たか」

身の丈ほどの特大剣ツヴァイハンダーを背負う青年と、黒い前髪の隙間から覗く黄金の双眸を輝かせる徒手空拳の小柄な少女。

 遺跡の前に立っていた二人は各々が戦闘態勢を取りながら怒声をあげた。

「テメェがウィルだよな?イレイナを殺したクソ野郎ッ!」

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