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15年持ち続けた苦痛の正体と解放の瞬間

初めてだった。

俺はピアノが弾けない

と言った人は。

私は小学生から高校生まで
ピアノを弾いていた。

私にはテンで才能がなく、

元々の素質はもちろんだったが
努力し打ち込むこともできなかった。

流れるようにピアノを弾く友人達を横目に
ずっと劣等感を抱いていた。

実家では食後の練習が決まっていて
黙って自分の部屋に戻ろうとすると

ピアノ、弾きなさい。

母の呼び声が追いかけてきて
背中を重く掴み、嫌々ピアノを弾いた。

校歌の伴奏を任された時は
音を外して、300人の歌声を止めたし

ピアノの先生には
練習もしていない時になぜか褒められて
相当練習した時に叱られた。

ピアノが嫌いだった。

楽譜を見ると
胸がザワザワと不安になり、

高校生にもなって
嫌だと必死に泣きながら、
ピアノ教室をやめた。

とうとう鍵盤に触れなくなって、
実家の電子ピアノは売りに出された。

最後に弾いた曲は
ベートーヴェンの悲愴第2楽章だった。

あれから時は流れ
今になって周りに増えた、
ピアノ弾きたいなあ
と言う人。

ピアノ弾けるようになりたい。
いいよね、弾けるんでしょ、羨ましい。
下手くそ?練習すればいいじゃん。
なんとかなるでしょ。

はは、そうですね。
と空っぽの返事をしていた。

それが

ピアノ弾ける人ってほんとにすごいよな。
ピアノは本当に難しい。
やってみたけど、俺には絶対弾けない。

初めてだった。

弾きたい、とも
羨ましい、とも言わない。

それがなんだか嬉しかった。

初めてだった。

駅前にポツンと佇む
ストリートピアノに触ったのは。

彼と飲んだ帰り道。
寄ってこうよ、と言われるがままついていった。

ポーン

5年の月日が流れ、
ピアノの感触すら忘れていた私の指先が、
再び鍵盤に触れた。

流れ出したのは
いつかの苦しみから解き放たれ、
なんとも透き通った
軽やかな音だった。

ピアノってこんなに滑らかで、
心地良いものだったっけ。

初めてだった。

ピアノってほんとにいいなあ
と言った人は。

ただの1音。

なんか弾いてよ、とも言わず、

その1音で

ピアノっていいなあ、なんて。

初めてだった。

自らピアノを弾きたい、と思ったのは。

家にキーボードを買った。

グランドピアノとは程遠いが
ピアノを買うなんて
この人生にありえないと思っていた私には
とても大きなことだった。

友人にキーボードを買ったと話したら、

この曲、弾けるようになってよ!
と言われた。

胸がザワっとした。

実家でピアノに背を向け続けていた時の
あの感覚が襲いかかってきた。

ああ、そうか私は
ピアノが嫌いだったんじゃなくて

弾きたくない時も、弾きたくない曲も
無理やり弾かなければいけないのが
苦しかったんだ。

ベートーヴェンの悲愴第2楽章。

今でもなんとなく
指が動いていくのが不思議だ。

私は私のためにピアノを弾く。

弾きたい時に、弾きたい曲を弾くために
練習に励むと決めた。

定期的にピアノリサイタルしてね。

私にもう1度ピアノに触れるきっかけをくれた
彼のリクエストなら、

たまにはきいてもいいかな。

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