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小説 "向日葵の行方"


君の笑った顔が好き"3"


徐に歩いた2人は、集合時間よりも5分前に目的地の駅に着いた。人のごった返した帰宅ラッシュ真っ只中の駅構内で秋川を見つけるのは難しかったが、黒のダウンジャケットに少し太めの鮮やかなジーパンを履いたザ・若者と言わんばかりの格好の秋川が、大きく手を振りながら僕らに近づいてきたのだ。
そして、川村さんをこれまた目を凝らしながら、
全身を見渡すと一言だけ「めっちゃ綺麗っすね」と半分真面目に半分ふざけたように言い放った。
それに対して川村さんも、満更でも無い顔をしてどうも、という感じに会釈し川村さんの案内で歩みを進めた。やはり川村さんがうちの施設のマドンナ的存在なんだなと心の中で考えていると、勤務終わりと思われるスーツに身を包んだサラリーマンの間を何人か追い越して小さな飲み屋街に入った。そこは、僕と秋川が勤務日が同じ日になった時の終わりに良く行く場所で、さくっと軽く一杯やるのには最適な居酒屋が、通りの両脇一直線に10件ほど並んでいる。その通りの上には雨や風、日差しや、飲み屋の排気からでる、油で色褪せてしまった、大きなアーチ状の看板があり、"呑んべい横丁"と書いてある。その色褪せた看板も含めて通り全体に昭和感が漂っていて、ここら辺の人たちには、馴染みのある通りだった。そこに入ると居酒屋特有の油臭い匂いと角にある喫煙所からするタバコの臭いが、外に吊るされている店名の書かれた提灯と入り混じって、まるで別世界にタイムスリップしたかのように錯覚するくらいの雰囲気を醸し出していた。すると川村さんが小走りになって、僕たちより先に、奥の方へと行くと一括りした髪がクルッと半転して、僕たちの方を向いたかと思えば外に置いてあるメニュー看板を指差しては、

「ここです!ここ!」

と気分が高揚した子供のように切れ長の目をくしゃっとして僕たちを手招きしていた。そこは通称"呑ん横(のんよこ)"の雰囲気には若干外れた真新しい居酒屋が構えていた。僕はその看板を見るや否やこんな店があったかと驚いた。

「さく、、、ら、、、」

と僕がアルファベットの羅列を読んでいると横から

「SAKURAKOです!ここの焼き鳥すんごくうまいんです!まだオープンしてそんな経ってないみたいなんですけど、この前来たらすごく美味しくて!どうですか?」

と、川村さんが軽く紹介すると秋川も僕もこの通りとは、この建物の洋風感に、すこしの場違い感を抱きながら戸を開ける。新しい外観とは裏腹に、趣のあるドアベルが店内に響いた。

「いらっしゃいませー、あ!美結ちゃん!また来てくれたの!」

と小柄の女性がこちらに走って出迎えてくれた。

「美結ちゃんお仕事おわり?来てくれてありがとうね!」

「そうなんですよ、この前来た時からすっかりお気に入りのお店になっちゃって!また来ちゃいました」

「くるなら連絡してよ〜美味しいの用意したのに!」

「いえいえ新参者の私が連絡など、とてもじゃないけどできないですよ!それに何を食べてもここは美味しいのでわざわざそんな事して頂かなくても大丈夫です。でもお気持ちは嬉しく頂いときますね」

川村さんが若干の謙遜があったものの、にこやか女性と話をしているのを初めて見た。その光景は川村さんとプライベートの話を碌にしてない僕にとっては、新鮮でそれが垣間見える瞬間でもあった。おそらく店員も20代くらいでとても人懐っこい話し方をする人で、川村さんの方が丁寧な口調で話しているのを見るとやはり大人な人だなと改めて思った。

「あれ?こちらの方たちは?一緒にきたの?」

そうすると川村さんが口を開いた。

「そうなんです!今日からここら辺の施設で働くことになって2人とも先輩なんです。まだ右も左もわからないので今日は、質疑応答を兼ねて少し飲もうって事になって!お店は私がここが良いとわがままを言ってきた次第です。あ!こちらが瀬川さんで、こちらが秋川さんです!お二人はとても仲が良いみたいで!」

紹介に続いて僕も軽く会釈をしながら

「瀬川です」

と挨拶をする。
それに続いて秋川も

「秋川です!よろしくっす」と会釈をして話した。

「そうなんですね!さぁさぁこちらへ!」

と店員の案内に従って四人席に腰掛けた。
店内はどちらかと言うと和モダンのような感じで、店主が焼き鳥を焼くところをみれるような構造になっていた。すると大柄な店主がこちらにきて
「いらっしゃいませ。美結さん来てくれてありがとうございます。あいつも美結さんみたいな仲良い人ができて喜んでますよ。お連れのお二人も騒がしくてすみませんね。そうだ飲みもの何にしますか?」

そう話すと、三人で生ビールを頼んだ。
川村さんが言うには、前に1度来た際に女の子が1人で居酒屋にくるなんて珍しいと、あの店員に興味をもたれたらしく、歳も近いと言うことで意気投合して連絡先まで交換した事を教えてくれた。店員の名前は"雛宮 櫻子(ひなみや さくらこ)"と紹介してくれ、あの大柄な店主の娘であり、どことなく顔の雰囲気が店主に似ていた。きっとこのお店の店名も娘からきているのだろう。歳は僕と同い年の23歳らしく、その溌剌とした姿や人懐っこい話し方をする雛宮さんを川村さんはすごく気に入ってるようだった。

机にビールが届くと秋川の声で乾杯をした。
何本か焼き鳥とおつまみを注文した後に

「それで質疑応答のなんだけど、、、」

と僕が口を開くと川村さんは食い気味にそうでした!と声の張りをあげては話し始めた。
最初は入居者のADLについて話していく事にした。秋川も介助の方法やどうしたら喜ぶなど様々な情報を川村さんに話し、僕は、主に、既往歴や薬情、DNRの有無や行動パターンについて話した。
それを真剣な顔をして覗き込むように聞く川村さんは切れ長の目をして職場での川村さんだった。
その間にビールやハイボール、レモンサワーなど
各々頼んで行き川村さんも3杯目に差し掛かったあたりで仕事とは関係ないプライベートの話になっていった。

川村さんの顔は、徐々に紅潮していきトロンとした目をして僕の目をじっとみると、呂律の回らない声でいきなり僕を指さすと

「瀬川さんは面白い方です、まだ23歳なのになぜこんなにお仕事ばかりしてるんですか!もっと遊ぶべきです!私のね!23歳なんてもっともっと瀬川さんの何倍も遊ぶ事に時間を費やしてましたよ!」

と大きな口を開けてはなすとそれに対して秋川も

「そうですよ!まったく!もっと女の子とどんちゃん騒ぎしたくないんですか!」

と捲し立てるのに対し僕は、秋川と川村さんを交互にみて話した。

「わからないけど、僕はおもしろい職員に恵まれて十分幸せですよ」

酔った勢いで声にしてしまった。どこかクサイ言葉は宙を舞って、再度僕の耳の中でこだましていく。
僕もアルコールなのかこのクサイ言葉なのせいなのか川村さんと同様に、顔が紅潮して熱くなっていくのがわかった。

すると川村さんが

「なんか、素敵です」と吐息まじりに垂れた髪の毛を耳にかきあげると、それに続いて秋川も
「瀬川さん、クサイっす、、、」と声を細めて形にした。すると一瞬の静寂が笑いに変わって三人して子供のように笑った。


それから数時間経ち酔いも深くなっていった頃に
そろそろ店も閉店だと雛宮さんが声を掛けてきた。
〈後輩〉2人とのお会計攻防戦にも見事勝ち、なんとか先輩の意地を見せつけたところで雛宮さんがまたいらしてください。私も見てて楽しかったです。と付け加え、さらには店主も出てきて、よかったらと、今時珍しい"おみや"を三人に持たせて送り出してくれた。

秋川は駅に向かって歩いて行き、また飲みましょうと手を大きく振って僕たちを背に帰路に立った。夜という事で僕も川村さんを家まで送ろうとタクシーを探したが川村さんが歩きませんかと言うので僕は二つ返事で了解し、歩く事になった。

近くのコンビニで酔い覚ましに500mlの水を2本買って川村さんに一本渡すと2人はまた凍てつく夜を歩き出した。
行きとは違って、少しの名残惜しさを纏って歩く2人には、そんなに寒くは感じなかった。

「今日楽しかったです。お会計まで払ってもらっちゃって、ほんとありがとうございます。」

「いえいえ、楽しそうで何よりでしたよ。これからまだOJTは続くと思いますがもし何かあればいつでも相談してくださいね」

と川村さんについていく僕は、こんな普通のやりとりをすこし特別にして歩いていると、まだ言葉のラリーは続いた。今日の面白かった場面や焼き鳥が美味しいとかそういう飲み会後のよくある会話をたわいもなく話した。

「川村さんもあんな風に笑うんですね。今日入職したのに、まるでずっといるような感覚でした。兎にも角にも川村さんが楽しそうで、うちの職場を気に入ってくれそうで本当によかったです。」

そう言うと僕は軽くお辞儀をして川村さん見つめた。川村さんもいえいえと軽くお辞儀を返して
また歩き出すと2人の歩幅はバラバラだったものの僕は、なんとなく、川村さんに合わせて歩いていた。
交差点まで行くと赤色のライトが僕たちを照らしては、さっきまでいたサラリーマンの群勢もどこにもおらず僕たちだけの街と言わんばかりにそれを2人に気付かせた。

「私ね。瀬川さんの笑った顔が好き。なんか子供みたいに笑ってるのを見ると、こっちまで楽しくなって。人見知りとかどうとか私はあんまり分からないけどその歳でしっかりしすぎるのも良くないよ。もっと肩力抜いてずっと笑ってる瀬川さんを見ていたいです。」

そうタメ口に混じりに呂律の回らない甘い声を川村さんが出すと、僕はまた顔が紅潮した。今回のは酔いではないと確信していた。赤くて明るいライトの下でバレないとは思ったがすぐにそれは青いライトに変わって少しだけ俯いた。
歩き出すと、今度は、2人とも歩幅は一緒で、少しだけ揺れた川村さんの身体が、僕の頼りない肩に触れたのを嬉しくも思った。

「君の笑った顔が好き」

小声ではっきりとは聞き取れなかったが
僕にはそう聞こえた。



                  続く


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