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嫌われる勇気

アドラーの嫌われる勇気だ。

最近思う。
年をとることの意味は
それくらいしかないんじゃないかと。

今、悪役の演技をしているから
そんなことを思うのだろうか…
いや、違う。
昔から、わたしはそうだった。

誰かが矢面に立たなければならない。
そうしなければ、成り立たない
正義というものが
世の中にはある。
矢面に立つだけではなく
嫌われ者になることも
セットになることが多い。

もっと上手いやり方もあるだろう。
でも、わたしには結局
最後までそれを押し通せるほどの
面の皮の厚さは無かったようだ。

いまさら、いまさらである。
もういいのだ。
もう皆辞めたのだから。
それから長い時間がたって
そんな時だ、いつだって
わたしのかんしゃく玉が破裂するのは。
人より長い導火線なのか
湿気っていたのだろう。
もう皆が忘れてしまった頃に
わたしは爆発する。

許しても、許しても、許しても
どんなに歯を食いしばっても
許せないことというのが
人間にはある。

浅ましいほどのレベルの低さを
それを違うもので飾る
もはや笑うしかない傲慢さを
わたしは結局
許せない。

会社に理想なんて求めない。
どこだって一緒だ。
そんな風にうそぶくことしか
生きるすべはなかった。

求めていないのなら
どうしてこんなにたぎるように
頭にくるのだろう。

仕事は、人間を変える。
働く人間も、仕事を受け取った相手も。
仕事は、人生を変え
「いのち」を変える。

だから、恐いのに。
それがわからない人間が
平気で偉くなる。
恐ろしい世界だ、全く。

わたしには、どうしたらいいか
全くわからないけれど…

許して、許して、許しても
なお許しきれないものを
わたしは許そうと思う。

その証拠として
わたしが嫌われ者になって
許そうとする者を
まっすぐに糾弾しようと思う。

愛の反対は無関心だとは
本当によく言ったものだ。

「拒絶」という愛を
わたしはぶつける。
涙を流しながらそれでも
何もしない訳にはいかないのだ。

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