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声なき声

自分が俳優であることも
その日が公演日であることも
お客さまがわざわざ足を運んで下さったことも
忘れるのだ。

その日。
わたしが話せなくてはいけない言葉は
わたしのものではない。
わたしが出さなくてはいけない声は
わたしの声ではない。
わたしが流さなくてはならない涙は
わたしのものではないからだ。

準備をして、死ぬほどして
その後は体を貸す。
声をもたない者たちに。

ガザ。
ウクライナ。
また戦争がはじまった。
また。

虐待、売春、殺人。
何も違わない。
何も変わらない。

戦争中も戦後も
我々は同じ人間を殺し続けている。
何も変わらない。
人間は愚かであり続けている。

わたし自身も、また。

だからこそ。
演劇をするのだ。
懸命にがむしゃらに演劇をするのだ。

闇の中に蠢いている者たち。
彼らは恐い生き物ではないのだ。
彼らはわたしたちに知ってほしいだけなのだ。

どんな風に殺されたか
どんな風に忘れられたか
どんな風に悲しかったか、を。

台詞を言うことは
重要ではない。
ちゃんとしている、ことも
重要ではない。

そのことを
俳優を十年もやっていたのに
今はじめて思う。

そんなどうでもいいことに
とらわれていたのか。
そうではなく。

精神の彼岸にゆく。
彼らにこの体と脳と声帯を
しっかりと貸し出すために。

わたしは今
ウォーミングアップをしている。

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