ドールハウス

夏にとけていく雲を見ていた。雲が無くなるまでそうして夜になるまでここにいたかった。この波の音、足裏をさわる砂の音、だけど私がこの浜辺にいることができたのは今この時ともう一度きた時だけだった。

歩いて、歩いて雲もだいぶん少なく、人も、日も暮れてきたころ。こちらに向かってくる大人の人に出会った。出会ったというと何だかフレンドリーな風味がするけど、まあ、ハッキリ言えば。私を見た瞬間目に涙を浮かべて、走り寄ってきて、私の首を力いっぱい絞めたの。
私は声も出なかった。出たのは恥ずかしいのだけど、こわくって、ついね。苦しかったのだししかたないですよね。

車のエンジン音をもうろうとする頭、(耳か)で聞いて、私は、まあ。そのように誘拐されてしまったのでした。

目を覚ますと汚らしいこういうときイメージする。コンクリートばりの地下室、ではなくって、まるでドールハウスのような素敵なお部屋。唯一イメージ通りなのは男の風貌、とっても汚らしい、しかもくさい。でも私が(あの、としおらしく、かわいらしく)声をかけたら、ポケットから当たり前のようにとりだしたピストルをこめかみにあてて死んでしまったわ。

私はわけがわからなくなってまた、まあ、うん、叫んだわ。喉がなくなってしまうくらいね。
そうして私はこのドールハウスから出ようとした。でも扉は開かない。

先にことわっておくと(言い訳みたいなものだけど)ミステリーのようにスッキリすることも、どんでん返しもないわ。だってこれは私が経験したただすべてですもの。

ドールハウスならば遊ぶ子どもがいるでしょう。だから私は裸になってみせた。すると酷く少女趣味な戸棚。その両開きなものからこれまた少女趣味なひらひらとしたドレスが現れたの。正直こんなに可愛らしい服はこれまで着たことがなかったから嬉しかったわ。

まるで着せ替え人形にされてるみたいで気味が悪かったけどね。ひらひらに倒れている男の血を付けないようにしながらベッドに歩いて、足を掴まれたの、脳みそに弾丸を打ち込まれても死なない人間っているのねなんてのんきなことを思ってみてた。すぐに死んじゃうんだ可哀そうって気持で。

男は立ち上がって私にキスをしたわ。私初めてだったのに、男は頭がおかしくなっているのか、私がおかしくなっているのか。ずっと(男が)お漏らしをして、それがいやにネチョネチョと糸を引くの、私の口がそれでいっぱいになって、首を絞められて、お腹の中の物を全部吐き出して、もう死んでしまいたくなった。

服も、真っ白な服も血と吐瀉物と嫌なネチョネチョで汚れ切って、私の心そのものみたいでいっそもう、出られないでこんなことされるくらいなら殺してほしいと思ったくらい。お腹はあざだらけだし、手には真っ赤に跡がついて内出血、足はまっさらきれいだったけどこれからどんな酷い目に合うのかを考えると嫌になる、ほんとに。

男の人がいるから裸になるのはすこし抵抗があったけど、あれからすねた犬みたいにおとなしかったから、やっぱり裸になると、少女趣味な服。

密室でよくあるような通気口から煙を流し込まれて私は幸せしか考えられなくなった。男もそうなったみたいで私に馬乗りになって片方のポケットから取り出した折り畳みナイフであざだらけの私のお腹をいたわるように、べらりと開いた。私は何だか嬉しくなって男にいっぱいキスしてあげたの。

幸せ、幸せ、幸せってどういうものか分かったわ。悲しくて、一過性ですぐに通り過ぎてしまうもの、なんて思った。男は私のあらわになった内蔵には汚い物みたいに手も触れなかった。私は触れてみて思った。あたたかくて意外と硬くて、触るととっても気持ちいい。立ち上がろうとしても眩暈で、服は真っ赤になってしまったけど楽しかったわ、このまま死んじゃいたい。

死んじゃえる。痛くない。本当に幸せだって思った。でも男は親切ではた迷惑で糸と針を使って私のお腹をまるでなんにもなかったみたいに閉じてしまったわ。針が刺されるたび痛くて、やっと死んでしまえるのに。こんな痛さがあるなら生きていたくない、って思った。

糸がすれるたびに気持ちが悪くて、縫い後は酷く不格好で私、この傷とずっと生きていかなきゃいけないと思うと幸せじゃなくなったわ。酔いもさめたってやつね。

でもまた幸せの空気は残っていたみたいで私はずっと真っ暗な瞼をみながらわらっていたわ。

眠ると変な夢を見た。あれは学校の夢、クラスメイトの女の子がお腹を刺されて、男に、ちょうど私を刺した男とよく似た男に。血と一緒に、やっぱり夢だから少し内臓があふれて、とても痛がっていた。でも全然死ななくて、そのまま血をいっぱい流した後、男がつかまる少し前に眠るみたいに死んだわ。私はそれを見て泣いていた?わからないけど興奮はしていた。恋によく似た興奮を。とても綺麗だった。

こんなゆめを見たのに目を覚ます。男は夢の少女みたいに眠るように死んでいて、私はなんだか寂しくなって、でもキスはしなかった。

少しすると新しい男が入ってきて、古い男は部屋の外に捨てられて、男はなんにも言わないで今度は頭を打ち抜かないで私に同情するみたいにお腹を、三発の弾で。持っていたナイフを私の手首に突き立てて、切り落とそうとするみたいに何度も、でも少しも痛くない、怖くもなかったからただ見ていた。

血がいっぱいで後悔したみたいに男は糸と針で私の手首を縫い合わせてくれた。
私は眠くなって夢を見ない眠りに落ちた。

起きると新しい男が死んでいて、ナイフで首を切ったのか部屋中血だらけだった。ピストルには弾が残っていて、私はそれをこめかみにあてて引いてみた。弾は出ず、机の上にハンバーグがあったので食べた。ご丁寧にライスもついていた。最後の晩餐にハンバーグ、不相応だけどまあいい、私はまた引き金を引いた。

それでも死ねずに、私は最後になるはずだったハンバーグを何度も、何度も食べ。毎日男が死ぬ空間にも慣れていた。

何日たったかもわからないころ、私はドールハウスからいきなり元の浜辺に戻された。生きている男、女、男、男、女、女、男、女、男、女。ピストルとナイフを持たされて酷く少女趣味な服で私はその十人の中から男だけを殺して、食べた。残った女たちは私と同じくらいの年齢で本当に幸せそうに恐怖しながら怒りに身を投げ出して、持っていたモリだとかクーラーボックスだとか、それこそ私が持っているようなもので私を殺した。

私はこうしてずっとこの浜辺にいることができるようになった。だけどすこしも幸せではなく砂の中はとても居心地が悪かった。はあ、偽物の幸せを知ってしまったせいだ。

#創作大賞2024


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?