映画「ミークス・カットオフ」

原題:Meek’s Cutoff
directed by Kelly Riuchardt
starring: Michelle Williams, Paul Dano, Bruce Greenwood, Shirley Henderson, Neal Hull, Zoe Kazan, Tommy Nelson, Will Patton, Rod Rondraux

1845年、オレゴン、広大な乾いた平原、水もほとんど補給できないような砂漠のような荒地を西部へと向かう白人三家族は、近道を知っているという案内人ミーク(ブルース・グリーンウッド)を雇うが、長い1日が何度も繰り返されるが、目的地に近づく様子がない。道に迷ったことを認めないミークとの押し問答を繰り返しながらも、飢えと乾き、互いへの不信感に苛まれていく。途中、一行の側に時折現れるネィティブ・インディアンの男を捕らえた。言葉が全く通じないが、エミリー(ミッシェル・ウィリアムズ)は、男を恐れながらも何かを感じて、彼に水源への道を託そうとする。

 西部開拓時代の女性たちが密かに綴った日記をベースに、史実や実在の人物(ミークという案内人は実際にいて、彼のたどった道が後年、ミークス・カットオフと呼ばれるようになった・・)を再構築した・・・と解説にある。
 冒頭部分、延々と、ただ、ただ全員がおし黙ったままひたすら歩いていくシーンが結構長く続く。ワンカットも結構使われてるような、長い無言のシーン・・・
幌馬車をロバや水牛に轢かせ、自分たちは極力乗らずに、子供たちも歩く・・・このシーンの長さに改めて、西部開拓時代、西の新天地を目指す人々を取り巻く過酷さを改めて感じさせる。いったい何のためにそれだけの時間と労力をかけたのか・・・たぶん、最初の高揚感はとっくに失せて、ただ、ただ、惰性で進んでいく・・・「私が近道を知ってるぞ」という言葉に縋って・・・でも、一向に目的地へ着かない何日間かで、彼らの中には怒りを通り越して諦めだけで進んでる感じすらする。「今更・・・」っていう空気って結構強いんだよね。人って後戻りするのは前進するよりもはるかにエネルギーを食ってしまう。
  そこへ現れた、謎のネイティブ・インディアン・・・最後まで彼が何者で、何を語ろうとしていたのか、なぜ、たった一人はぐれているのかが謎のまま・・・だ。ミークが何度も何度も「仲間を連れて襲撃してくる」という脅しも、何日も他のインディアンが現れないから、説得力がない。

 エミリーがなぜか、このインディアンに感じるものがあり、彼を庇うけど、エミリーすら、もはやそれが何なのか自分でもわからない・・・

この作品、こういった三家族のやりとりや、ミークをめぐる怒りや不信の言葉など、ドラマ的な部分はあるものの、決定打ではなく、むしろ物語を語っているのが、圧倒的な西部の荒野・平原だ。乾いた大地と黄昏みたいな色の光・・・その光景と、その中を彷徨する人々の小ささを画面で語ってる。その撮り方がなんともいえない味わいと長く続く印象となって残ってくる。

ラストに見えたあの一本の樹木・・・希望なのか、でも、その先に何もないという新たな絶望なのか・・・
このケリー・ライカート監督、とても余韻を大切にする監督さんだなぁと・・・
その先は鑑賞者に委ねて、ある意味「ぷつん」と終わる。でも、置き去り感はないのね。その前に延々と見ていた「さすらう人たち」への共感とかが、その先を私たち鑑賞者で自由に紡ぎ出すものとして受け入れられるなぁと思った。余韻をしみじみ味わえる作品です。

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