ぼた餅ァいらんかえ(3)

痛みなんぞは怖さで忘れてしまった だが

走る喜左衛門の姿を見る佐一の眼球は怒りと悲しみをたたえながら息たえた

喜左衛門はその晩は眠れず 江戸に帰った後も役宅で魘され続けたのだ ある時 役宅の仲間内で酒をのもうと言って幾人かで集まった

その時は同じ仲間の妻女が拵えたぼた餅が振る舞われた 喜左衛門は酒に酔っていたのか ぼた餅をかるく齧ったとき ぼた餅の中から真っ赤な血が滴り落ちた 仲間も目を丸くし 恐る恐る齧ったが仲間内の口元には餡がついているだけであり
ただただ旨かったようだ しかし喜左衛門はそうではない 血の滴るぼた餅を投げ捨てた後 役宅のそばから か細く唸るように


ぼたー餅ァーいらんかえー…


ぼたー餅ァーいらんかえー…と 


聞こえてくるのだ 喜左衛門は自らが切り伏せた佐一の声とわかったのか顔面蒼白になり己の役宅へ逃げ帰ってしまった それからは喜左衛門の役宅の廻りでその声がずっと響いた 午前中はその声は止むのでなんともないが 夜半はまた声が聞こえ出すのだ 


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