#76 住宅ローンと担保とか-③

一昨日のブログ(こちら)と昨日のブログ(こちら)の続きです。

一昨日のブログでは,住宅ローンでお金を用意して土地や建物を買う場合,銀行が確実に抵当権という担保が設定できるようになっているという話をしました。

そして,住宅ローンでお金を借りて,購入した土地や建物に抵当権がつけられると,毎月約束した金額を返済していれば,それ以上銀行から請求されることはありませんが,返済が滞ると,住宅ローン残り全部が一括返済となってしまい,そうなると,もちろん一括返済なんてできないので,銀行が,借主が現に住んでいる土地と建物を売って,その売却代金を返済に充てることができるようになり,さらに,そのために,抵当権のついた土地と建物を,裁判所の手続きで無理矢理売るシステムが用意されているということを説明しました。

こんなネガティブなこと書いていると,「結局借金しないほうがいいということなんだろ」と,安直に思われかねないのですが,そういう簡単な話をしようとしているわけではありません。

そもそも,住宅ローンって,素晴らしいと思っていますよ。

↑みたいな辛辣なことを言っていますけど(笑)

だって,お金なくても,土地や建物を買えるんですよ!

住宅ローンというシステムがなければ,3000万円の土地と建物をほしいなら,3000万円持っていないと買えないんですよ。

住宅ローンというシステムがあるおかげで,土地や建物を買えるだけのお金がなくても,土地や建物を買うことができる。

住宅ローンがなければ,土地や建物も,お金持ちが独占してしまいますよね。

だって,住宅ローンがなければ,お金を現に持っている人しか土地や建物を買うことはできないからです。

住宅ローンは,お金持ち以外にも土地や建物を持つことを広めた制度ですから,素直に素晴らしいと思います。

で,僕が思うのは,昨日のブログで書いたような,なかなか辛辣な内容も,住宅ローンが機能するために必要なわけで,むしろ,そのような制度=住宅ローンでお金を貸す時につけた抵当権がきちんと機能する制度があるからこそ,抵当権つけておけば安心して貸せることになり,銀行も,いろんな人に住宅ローンでお金を貸せるようになり,その結果,多くの人が住宅ローンを利用できるようになったわけです。

簡単に言えば,返済が滞ると一括返済になるとか,抵当権のつけられた土地や建物を無理矢理売れるという,住宅ローンの借主にとって厳しい制度があるからこそ,住宅ローンで貸す側も,安心して貸すことができ,その結果,住宅ローンが広まったのです。

厳しい制度のおかげで,住宅ローンが利用しやすくなった。

だって,いざとなったら無理矢理売れるとわかっていたら,貸す方も貸しやすいでしょ?

いざとなったら抵当権つけておいた土地や建物を売ればお金になるんだから。

そもそも住宅ローンって,多額のお金を長期に渡って貸すものですよね。

普通,そんなの嫌ですよね?

だって,何千万という高額なお金を貸しておきながら,毎月数万円しか返ってこないんですよ。

そんなの,普通やりたくないんですよ。何十年も先まで返済が続くわけなので。

何十年も先なんて,借主も年齢を重ねていって,どれだけ働けるかわからない。

月並みですが,未来のことはわからない。遠くなればなるほど,どんどん予測が困難になっていきます。

だからこそ,返済が長期に渡る貸付けは,普通嫌われるんです。

だって,返済期間が長期になればなるほど,予測が困難になって,返済が滞る可能性が出てくるからです。

にもかかわらず,住宅ローンは,広く行われています。

貸付額が高額で,なおかつ,返済期間が長期という,貸す側が嫌う要素が揃っているのに。

それは,土地や建物に対する信用を測っているからです(「土地や建物」というよりも土地ですね)。

担保にした土地や建物が信用できれば,その土地や建物を売却して,返済に充てられるので,土地や建物の信用を測るわけです。

ここで,そもそも,借金ってどうやって生まれたのかという話をしましょう。

借金って,貸す側からみたら,お金を貸して,それを返してもらうということですよね。

しかも,利息をつけて返してもらうわけです。

つまり,貸したお金より多くのお金を返してもらうということです。

これって,お金が増えてるわけですよね。

返済期限までの間に,利息分が増えています。

お金を借りるのは,そのままお金を持っとくために借りる人はいないわけで,使いたいから借りるわけです。

そうすると,増やして返すというのは,素朴に考えると,なかなか難しそうです。

だから,旧約聖書(ユダヤ教,キリスト教,イスラム教の聖典)では,「同胞(同じ宗教を崇拝する信徒)からは利息をとってはならない」として,利息付きの貸付けが禁止されています。

これは,僕の考えですが,旧約聖書が作成された2500年前の時点では,受け取ったお金が増えるということはそうそう考えられず,結局,渡したお金以上の金額を要求することは,「搾取」でありけしからん!と思われていたのでしょう。

渡したお金が増えるなんて,素朴に考える限り,あんまりなさそうです。

でも,これが変わったのが産業革命と科学の進歩です。

簡単に言うと,産業革命と科学の進歩に希望が持てるようになったのです。

それまでは,ほとんどの人が,毎日代わり映えしない日々を送っていました。

みんな,生まれながら身分や仕事が決まっていて,それをしていたら一生が終わっていたわけです。毎日暮らすのがやっとで,現世に希望なんてなかった。お金を増やして返すなんて,ギャンブルでもしない限り,できそうにもない。

(だから,キリスト教とか仏教とかは,死後の世界を考えているんですよ。「苦しい現世から解放されるには,現世のうちから徳を積みなさい」ということなんです。庶民の日々が停滞し,未来に希望が持てなかった時代に,これらの宗教が広まったのは,当時の世界の状況が非常に苦しかったことが背景にあります。)

でも,産業革命と科学は違った。

世界が発展することを教えてれたのです。

技術や科学の進歩によって,未来はもっと便利になり,生産性が高まり,もっと豊かになる

そういったことを教えてくれました。

これが,借金につながります。

技術や科学の進歩によって未来が豊かになるのであれば,受け取ったお金を増やすことができるわけです。未来はもっと豊かになっているわけですから,貸す側としても,借主が利息分を増やして返してくれると期待できるし,借主としても,未来はもっと豊かになっていると信じて利息分を増やして返す約束ができるようになったわけです。

こうやって,借金が広まりました。

お金を貸しても返ってくる。お金を借りても返せる。

だって,未来はもっと豊かになっているから!

ただ,「未来はもっと豊かになっている」という思いが狂信的になったものがバブル経済です。

「バブル」というと,1980年代後半の日本が思い出されるでしょうが,実は,400年も前に,既に人類はバブルを経験しているのです。

舞台はオランダです。

オランダは,ヨーロッパで最も早く経済発展しました。

スペインから独立し,世界中に植民地を持っていました。世界初の株式会社も,「オランダ東インド会社」という,オランダが作った会社です。

この経済発展の背景には,オランダ人が信仰していた宗教も関係しています。

そもそもオランダがスペインから独立したのは,宗教改革が理由なんですね。スペインはカトリックなんですが,カトリック教会の堕落に反発するキリスト教徒が改革を求めたのが宗教改革と呼ばれるもので,ドイツでの宗教改革が有名ですが,オランダでも宗教改革が起き,これが引き金となって,オランダ独立戦争となり,最終的に,オランダはスペインからの独立を勝ち取ります。

オランダでカトリックに反発したのが「カルヴァン派」と呼ばれるキリスト教徒たちです。

で,この「カルヴァン派」が,資本主義の源流なんです。

カルヴァン派は,禁欲を求めます。遊んだりせず,一生懸命働くことが美徳とされています。

しかし,一生懸命働くと,富が蓄積されてしまいます。蓄財というのは,キリスト教では罪とされていますが,この点について,カルヴァン派は,「再投資すればよい」と説くのです。

つまり,カルヴァン派の思想は,一生懸命働いてお金を稼いで,稼いだお金は再投資すればいいんだ,という,まさに資本主義経済そのものを説いていたのです。

こういった思想的バックボーンもあって,オランダはヨーロッパでいち早く経済発展しました。

まだまだ産業革命は先の話ですが,当時のオランダは植民地から莫大な利益がもたらされていたわけで,成金たちがたくさんいたでしょう。

そんな成金たちは未来への希望に満ち溢れていたと思います。

その中で,チューリップの売り買いが流行ったんです。

当時のオランダではチューリップの品種改良が進んでいたので,愛好家が結構な数出現していたと思われます。

その愛好家たちが,マニア気質で,高い値段でもチューリップを買ったのでしょうね。

そうすると,高い値段でもチューリップ愛好家がチューリップを買ってくれることを察知した人々が,チューリップの売り買いを始めるわけです。

最初は,

「どうもチューリップマニアが高い値段でも買ってくれるらしいから,僕も買っておいて,マニアに売ると儲かるな」くらいだったのでしょう。

それが,みんな売り買いをし始めると,

「きっと,誰かが買ってくれるから,なるべく早く買っておこう。だって,実際,僕も買ったわけだし,僕と同じように,誰かが買ってくれるはず。そうすれば,ただただ売り買いするだけで儲かるな」という,危ない思想になります。これがバブルです。

「きっと誰かが買ってくれる」なんて狂信的に未来を信じていますよね。

そんなわけありませんよね。

いつまでも誰かが買ってくれるわけない。

最後は,誰も買ってくれなくなるに決まっています。

チューリップ自体の価値に着目せず,売り買いによる利ざや目的であれば,その売り買いはいつか必ず終わりを迎えます。

その「終わり」というのが,俗に「ババ」と言われたりもしますよね。

そうなんです。バブルって,最終的には,誰も買ってくれなくなる=売り買いが終わるので,その時の「ババ」を誰に引かせるかという,ゲームなんですね。

で,ババを引いたのは庶民です。

チューリップを売り買いするだけで儲かるという噂を聞きつけた庶民も,この売り買いゲームに参加するわけですが,投資家たちは,暴落の危険を察知し,売り買いゲームから出ていきます。つまり,もうチューリップを買わなくなるわけです。

その結果,チューリップは大暴落し,庶民に大きな損害が出てしまいます。

こういったバブルを,1630年代のオランダで,人類は既に学んでいたんですが,にもかかわらず,1980年代後半から日本でバブルが起き,結果的に,400年前のオランダと同じように,最終的にババを引かせて,バブルは弾け飛びました(はあ,人類は本当に歴史に学ばないなぁ。)

1980年代のバブルで投機対象となったのは土地です。

ここで,「土地に対する信用」に話が戻ってきます。

日本でのバブルでは,土地が投機対象となって,土地を売り買いするだけで,その利ざやで儲かったわけです。

で,銀行も,土地に抵当権をつけることを前提に,売り買いするお金を貸し付けていました。

そもそも,銀行が土地を担保にお金を貸し付けることができるのは,返済が滞ったときに,その土地を売って返済に充てられるからでしたよね。でも,それって,土地の価値がキープされていないと成り立ちませんよね。

というのも,いざ,返済が滞ったときに,土地を売ってお金に変えたとしても,その土地が全然お金にならないなら,土地を担保にとっているのに,「担保をお金に変えて返済に充てる」という目的が達成できなくなるからです。

だから,担保にした土地の価値がキープされるかどうか,銀行はチェックしなきゃいけないことになります。

これは言い換えると,「土地の信用度(=いざ返済が滞ったときに売ってお金になるか)をチェックしなければならない」ということになります。

さっき説明したとおり,借金というのは,未来に対する期待(「信用」とも言い換えられます。)から生まれたものです。

未来はもっと豊かになる。信用できる。

だからこそ,貸したお金が増えて返ってくる。

ただ,誰でも貸したお金を増やして返してくれるわけじゃありません。

これが,「信用」というやつです。

「信用がある」=「お金を増やして返してくれる可能性が高い」と,お金を貸せる

「信用がない」=「お金を増やして返してくれる可能性が低い」と,お金を貸せない

だから,「信用」の有無を銀行はチェックするわけです。

土地を担保にお金を貸す場合は,借主本人の信用がなくても,土地が信用できる=十分返済に取って代わることができるのであれば,お金を貸せるわけですから,土地の信用度を銀行はチェックしなければならない。

そして,バブルの頃は,土地の値段がどんどん上がっていましたから,土地の信用度はうなぎのぼりでした。つまり,土地を担保にしたら,十分返済が見込めていたのです。正確には,「十分に返済見込めると判断していた」のです。

しかし,実際は違ったのです。

400年前のチューリップバブルと同じように,いつか誰かがババを引くのです。

だって,いつまでも買い手がつくわけないから(笑)

結局,バブルは弾け飛び,土地の価格は大暴落し,土地を売って返済に充てても全然足りないという事態となりました(そもそも,土地が売れなくなっているわけですから,なおのこと,高い値段では売れません)。その結果,銀行は多くの不良債権(返済に見込みがない貸付け)を抱えることになってしまいました。

今日は,こんなところで時間切れです。

まとめると,

もともと,未来に対する希望なんか人類にはなかったので,お金を増やして返すなんて発想は「悪」とされ,旧約聖書で禁止されていました。しかし,産業革命や科学技術の進歩,そして植民地などから未来に対する希望=信用が生まれ,「お金を増やして返す」ことが現実味を帯び,他人を信用してお金を貸すということが,広く浸透するようになりました。ただ,その希望=信用が狂信的になると,バブル経済にまで発展してしまい,ババを引かせた人だけでなく,経済全体に大きなダメージを与えることになってしまう。

お金を貸す場合は,他人の信用度=約束通りお金を増やして返してくれるかどうかを測ることが必要で,土地を担保にお金を貸す場合であれば,人の信用度を測るのと同じように,土地の信用を測る必要があるけれど,バブルが起きていると,バブル価格で信用度を判断してしまい,土地の価値が後から大きく下落してしまう。

こんな感じですね。

こんなこと書くと,「やっぱり土地を担保にした借金には反対なんだろ!」と言われそうですが,まだ,結論に至る過程を説明しきれていません。まだ途中です。僕としては,未来に対する希望から借金が広く浸透し,なおかつ,信頼できる土地を担保に購入資金を貸し付けるという,住宅ローンのシステムは,冒頭で書いたように,すばらしいと思っています。

というのも,「土地の価値がキープされる」というのは,狂信的なバブル経済に至らなければ,それほど誤った話ではないと思うからです。

でも,そんな「土地神話(土地の価値は下がらない)」が,これからも維持されるのか,という話を明日しようと思います(このことが一番書きたかったことです・・・。相変わらず僕は前置きが長いなぁ。)

それではまた明日。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

※内容に共感いただけたら,記事のシェアをお願いします。

↓Twitterやっています。(フォロワーの方が1人でも増えると,僕は大変喜びます。)

古田博大(ふるたひろまさ)よければ,フォローお願いします。

アメブロにも同じ内容で投稿しています(リンクはこちら)。

そのうちnoteで有料記事を投稿するかもしれません(いつになることやら(^_^;))。

※このブログの内容は,僕の所属する企業や団体とは一切関係ありません。あくまで僕個人の意見です。


サポートしてくださると,めちゃくちゃ嬉しいです!いただいたサポートは,書籍購入費などの活動資金に使わせていただきます!