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「地域社会に求められる実演芸術・芸能のソフトパワーの活用」(二年前期:舞台政策論)

①第7回「マーケティング」
 経済学者コトラーは、「マーケティング」を「個人やグループが製品や価値をつくりだし、それを他者と交換することで、必要としているものを獲得する社会的で経営的なプロセス」と定義している。コトラーの所論のキモは、「組織は顧客のニーズを満足させることを目標にする」ことにある。そのため、アート・マーケティングに必要なのは、ニーズを調査・評価することで市場における自身の位置を定め、既存の顧客を保ちながら新しい顧客を見つけることである。
 また、マーケティングを具体的に考える上で、「4P」と呼ばれる重要な4つの要素がある。一つ目は「Product」、二つ目は「Price」、三つ目は「Promotion」、4つ目は「Place」である。実演芸術・芸能をサービスの一つと考えると、特に「Place」において特性がある。実演芸術・芸能は、基本的に実演されたその場で受容される。この特性を検討することで、顧客を獲得する可能性が広がるかもしれないのである。

②地域社会に求められる実演芸術・芸能のソフトパワーの活用
 私は、第7回の授業を受け、マーケティングにおける実演芸術・芸能の特性について興味を抱いた。一方、瞬間芸術としての音楽や舞踊、楽劇が応えることのできるニーズとは、具体的にどんなものだろうかと気になった。そこで、私は藤浩志とAAF(アサヒ・アート・フェスティバル)ネットワークによる書籍『地域を変えるソフトパワー』を手に取った。
 この本では、地域社会の振興を目指し、2000年以降に行われたさまざまなアートプロジェクトを紹介している。AAFネットワークは、全国の市民グループやアートNPO、アサヒビールなどが共同で立ち上げた、地域の未来の開拓を目標とする市民主体のプロジェクトネットワークである。本の中で、AAFネットワークは、アートによる活動の特性に、「地域における小さな拠点開発に長けており、大規模の施設を必要とせず、最小の投資を最大限に活かすことができる」点を挙げ、これを「ソフトパワー」と名付けている。
 私は、この本に紹介されている事例の中でも、特に、青森県八戸市で行われたダンス公演「踊りに行くぜ!!」に興味を持った。
 八戸市は、2003年に中心街にあった大型デパートが撤退してしまい、周辺の商店街の客足が大幅に減少してしまった。そこで、この状況を打破すべく、市民のワーキンググループが立ち上がり活動を始めた。
 その後、2008年に発足した「八戸市中心街地活性化推進室」メンバーと、市民の実行委員会との協働プロジェクトとして、鮫地区の魚市場で「踊りに行くぜ!!」というダンス公演が行われた。「踊りに行くぜ!!」は、京都のNPO法人「ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク」が全国各地の人々と共に開催しているコンテンポラリーダンスプロジェクトである。インディペンデント・キュレーターが、老朽化により立て直しが検討されていた魚市場を会場として提案し、公演に多くの観客が詰めかけた。
 公演作りに際して、漁港のノウハウや地元の人々のアイデアを集約し、ベルトコンベアーを利用した照明や、人力による回転式客席など、スケール感を増幅させる様々な工夫が凝らされた。また、イベントにあわせ、地元の町内会や水産業に関わる人々は「鮫味覚祭り」を開催した。その結果、「踊りに行くぜ!!」は来場者数700人、「鮫味覚祭り」は20000人を集めた。大半は地元からのお客さんで占められたという。
 私は、コンテンポラリー・ダンス公演中心のイベントが、このように大きく展開された事例があったことにとても驚いた。現代音楽やコンテンポラリー・ダンスなどの前衛芸術は、そういったものを好むか、積極的に受容しようとする人々にしかニーズは見出せないと考えられる。これまで私は、コンテンポラリーダンスに対し、ややもすれば芸術のための芸術になりかねない印象を抱いてきた。
 しかし逆に、前衛的な実演芸術は、とそういったものに触れたことのない人々に届くだけでかなりの意義を果たすことができるといえよう。なぜなら、条件の一つに人々に未だ届かず受容されていないと点があってこそ、前衛は前衛たりうるからである。
 藤浩志は「ダンスをどう応援していいかはわからないけれど、祭りならできる。公演のチラシなら配ることができる。ダンサーとNPOと地元の人たちが、共にこのプロジェクトを成功させた」と大変重要なことを述べていた。ダンスを主軸にした企画内容が、地元の人々に新鮮な発想と活発な動きを与え、地域の性格を個性的に彩る。一方、特定の地域を土台にしたイベントは、集まった地域内外の人々の目にダンスを届ける。また、場所の引き出す新鮮さが、よりいっそダンスのあり方を前衛にする。
 つまり、「踊りに行くぜ!!」のイベントは、「巻き込んでしまえばこっちのもの」である前衛的な実演芸術と、地域の特性を活かしたイベントが同時に展開されることで、双方的に良い影響が生じることを示してくれる事例である。また、コトラーの所論を踏まえて考えてみると、これまでそれ自体だけでは見出せなかったニーズが、双方的に出現し始めた事例とも言える。
 マーケティングにおいて実演芸術・芸能は、とにかく前衛さや美学から生まれるプライドを捨て、観客が受容しやすい作品作りに徹し、既存のニーズに応えることが第一と考えられる。しかし、私は、「踊りに行こうぜ!!」の事例を踏まえ、実演芸術・芸能と地域社会との双方的な影響を想定して、各々の特性や目標を無理に妥協しなくてもよい企画を立ち上げてみたいと思った。そのためには、実演芸術・芸能と地域に求められる社会的ニーズをしっかりと見極め、定めた上で、その芸術性と地域の活発さを高めていく必要がある。
 つまり、異なったもの同士をつなぐ媒介者は、異なったものの各々を深く知らなくてはならない。私は、舞台制作論と、『地域を変えるソフトパワー』を読むことを通して、自分自身に「教養に対する積極的な姿勢や好奇心」が必要であることを知った。

参考文献
書籍
藤浩志・AAFネットワーク, 2012, 『地域を変えるソフトパワー アートプロジェクトがつなぐ人の知恵、まちの経験』, 京都:青幻舎

インターネット
Web『踊りに行くぜ!!Ⅰ・Ⅱ(2000-2016) - JCDN』(閲覧日2022年7月31日)
https://jcdn-web.org/project/268/

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