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世界最小・最軽量(※)マクロレンズ「100mm F2.8 MACRO」はどのようにして実現されたのか

こんにちは。LUMIX S 100mm F2.8 MACROの開発チームです。

LUMIXのフルサイズSシリーズ初となる等倍マクロレンズ、「LUMIX S 100mm F2.8 MACRO」が誕生しました。

しかもこのレンズ、世界最小・最軽量(※)。全長約82.0mm、質量約298gと、従来のフルサイズ用マクロレンズに比べて半分に近いサイズを実現しました。LUMIXユーザーの皆様にわかりやすくお伝えすると、F1.8シリーズと同じサイズ感です。

今回の記事では、世界最小・最軽量(※)を実現した技術的な背景から光学的なこだわり、開発メンバーの推しポイントについてお話しします。


「小型軽量マクロレンズ」構想のきっかけ

機構設計担当 吉川

もともと「100mmマクロ」というレンズはLUMIXのレンズロードマップとして公開していたように開発の視野には入っていて、「じゃあ実際にどういった形で実現するのか」を、開発チーム内で様々に議論していました。

その間に、F1.8単焦点シリーズが続々と発表され、ユーザー様からも好評をいただき、「単焦点群の中でF1.8シリーズに近いサイズ感で出せたら良いよね」という話はあったんです。

ただ、F1.8シリーズが人気な理由って「レンズ径も長さも全部一緒」だからであって、「一緒ではないけど近いサイズ感」になってしまうと、コンセプトと外れてしまうんじゃないかと。

「じゃあマクロレンズで、どうすればF1.8シリーズと同じサイズにできるのか」を検討し、実現に向けて設計・開発に取り組んできたのが、このレンズが誕生したきっかけです。

開発初期〜中期段階では、「レンズ径のサイズは揃えれるけど、長さはもうちょっとないとしんどいよね」という温度感で検討を進めていましたが、正直おいおい「F1.8シリーズと同じサイズ感で開発しろ」と言われるだろうなとは薄々気づいていました(笑)

F1.8シリーズに合わせるという目標は、「全長他社比40%減」。

小型化の概略解は出ていましたが、商品化に向けては、まだまだ困難な点があるとメンバーみんなが考えていました。

F1.8シリーズと同じサイズ」というのが肝で、「あと5mmでも全長を伸ばせばかなり難易度が下がる」と考えていましたが、顧客価値からなんとしてもやりきる、という覚悟で開発を進めました。

5mmと聞くと少しの幅に聞こえるかもしれませんが、設計にとってはこの5mmでかなりゆとりが生まれます。構成図では余白があるように見えますが、そこには(可動域も含めた)ダブルフォーカスの機構など様々な部品がギチギチに詰まっているんです。

最軽量を実現したデュアルフェイズリニアモータ

従来のレンズではボイスコイルモータ(VCM)を採用していましたが、100mm F2.8 MACROでは新たにデュアルフェイズリニアモータを採用しています。

従来のVCMも、デュアルフェイズリニアモータも、磁界の中で導体に電流を流すと力が発生するいわゆる「フレミング左手の法則」の原理を利用しています。従来のVCMでは、磁石の配置場所の関係でコイルの一部分でしか推力を発生させることができず、大きなレンズを動かそうとすると、推力不足から複数個搭載する必要があり、レンズの大型化や重量の増加に繋がる原因となっていました。

そこで、デュアルフェイズリニアモータは、磁石を多極化することにより、コイルのほぼ全体を用いて推力を発生させることができるようになりました。

また、2相のコイルの両面に対向に磁石を配置する独自方式を採用し、位置によって2相のコイルを切り替えながら通電する制御技術を確立することで、全域で切れ目なく動作させることができるようになりました。

従来のVCM:推力発生部(赤色)が1か所しか無く効率が悪い
デュアルフェイズリニアモータ:磁石を多極化することで効率的に推力を発生させている

それにより同一サイズで比較した際に約3倍の推力を得ることができるようになり、小型軽量につなげることができました。

今回のレンズの設計で言えば、従来のVCMの場合は質量が約80gであったところが。デュアルフェイズリニアモータの場合は質量を約29gまで抑えることができています。デュアルフェイズリニアモータに変更するだけで、重さが50g以上軽量化できたんです。

モータが小型化されたことで、鏡筒内の設計構成の難易度がかなり和らぎ、レンズ径の小型化や軽量化にも大きく寄与したと言えるでしょう。

全体の質量が298gと、300gを切れた要因の一つはデュアルフェイズリニアモータにあると言えるでしょう。グラム単位の話が好きな人にしか刺さらない話かもしれませんが(笑)

デュアルフェイズリニアモータ誕生の背景

デュアルフェイズリニアモータ開発担当 藤中

実は、私は以前(20年位前)パナソニックのモータ開発部門で新型モータの開発をする仕事を担当していました。

そんな関係もあり、従来のVCMも多極化すれば小型化できるであろうことは随分前から気が付いていました。

わかってはいましたが、商品に搭載されるまでには様々な紆余曲折があったんです。

LUMIXのフルサイズ参入が決まったSシリーズの開発当初、「レンズを含めたフォーカス可動部の質量を従来の数倍程度まで程度まで駆動できる様にしたい」という開発目標があり、この時に初めて、デュアルフェイズリニアモータの原型になる技術を提案しました。

その後、コイルの形状を工夫して推力の変動を抑える技術や、コイルの両面に磁石を配置するといったデュアルフェイズリニアモータの基本的な技術を完成させ、2023年には日米で特許が登録されています。

この開発には、私が以前担当していたモータ開発の経験が大きく活かされています。

しかしながら、製品に搭載するにはまだ多くの課題がありました。その一つは、モータを設計するだけではなく、そのモータを高速・高精度・静音に動かすための制御技術の開発です。

当時は、LUMIXが様々なカメラやレンズを新しく打ち出しているタイミングでもあり、新しい制御の開発に着手することがなかなか難しい状況でした。

なので、言葉を選ばずにいうと、デュアルフェイズリニアモータの原型は完成していましたが、製品動作としての制御技術の開発をすることができないまま年月は過ぎ、当時作成していた試作品も2年以上動かすことはなく止まっていました(笑)

今回、100mm F2.8 MACROを製品化するにあたり、小型軽量の実現のためにはデュアルフェイズリニアモータを搭載するしかないと考え、
自らも制御開発にも携わることで製品化まで実現できると信じ上司を説得しました。

デュアルフェイズリニアモータの断面図

そしてその結果、2年近く眠っていた試作品が問題なく制御できるようになり、ほぼ設計値通りの性能が出ることを確認することが出来ました。

ようやく製品として搭載できる段階までに技術開発が進みましたが、ここでさらなる課題がありました。それは、わかりやすく言えばコスト面です。

従来のVCMは、デュアルフェイズリニアモータに比べれば大きくて重たい構成ですが、すでに性能面では確立できており製品にも搭載されています。
ここで、コストをかけてまで新たに製品に搭載する必要が今あるのかという内容です。

コストと一言にしても様々で、モータに使用する磁石数の増加や、マイコンのプログラム容量の増加による材料費の増加、さらに制御技術を新規にマイコンに組み込む開発費であったり、様々な観点からコストアップの懸念があり、正直に言うと反対の声もありました。

しかしながら、製品に搭載されることによる商品価値についてメンバーへ説明したり、材料メーカーとの価格交渉によるコスト低減など様々な面での折衝を何度も試み、結果的にはなんとか関連メンバーの賛同も得ることが出来、今回の量産化を実現することができました。もう本当に苦しかったです(笑)

最終的にデュアルフェイズリニアモータを100mm F2.8 MACROに搭載でき、サイズの小型化と重量の軽量化を実現しました。製品の最大の特徴である小型・軽量なマクロレンズの商品価値向上に大きく貢献できたんじゃないかと感じています。

非球面レンズ3枚採用への挑戦

光学設計担当 鈴木

中望遠マクロというカテゴリーにおいて、非球面レンズを3枚採用するのは、かなりチャレンジングな試みだと思います。

基本的には0枚か1枚が定番なのですが、今回の場合、「F1.8シリーズのサイズ」というのが前提にある状態で設計が開始されたため、非球面レンズの採用無くしては100mm F2.8 MACROの実現は成し得ないと考えていました。

「小型化ながらも描写に妥協のないマクロレンズ」を考えた場合、非球面レンズ3枚は必須だったのです。

鏡筒内のレンズの組み合わせというのは、要は「収差を取る」ための流れです。凸レンズと凹レンズを組み合わせるような鏡筒内の断面図を見たことがあるかと思いますが、今回のレンズは凹凸の組み合わせをする余裕もないほど小型でした。性能に妥協せずに鏡筒内に収めるために、効率的に非球面を採用して設計しました。

また、非球面レンズを3枚使っているという話は、カメラに詳しい方が聞くと「輪線ボケ(玉ねぎボケ)がキツそうだな」と感じられるかと思います。

100mm F2.8 MACROでは、これまでLUMIXが培ってきた技術を活かして、輪線ボケが極力目立たないように設計しているため、非球面レンズの恩恵を最大限活用して、小型軽量化と画質の両立を実現しています。

内部的な話ですが、私達も小型の単焦点レンズ開発を何年もやってきて、非球面技術を進化させてきました。マクロレンズに非球面レンズを使った場合の輪線ボケのリスクについては十分に検討した上で、現在の技術力ならその課題もクリアできると見積もって、今回のサイズ感に舵を切ったという背景があります。

開発メンバーが語る推しポイント

サイズ感については言うまでもありませんが、他にも色々推しポイントがあるんです。簡単にご紹介していきますね。

【1】ブリージングの軽減

マクロ領域でピントを合わせていると少しだけ画角が変動するような事象(=ブリージング)が一般的なマクロレンズでは起きやすいのですが、100mm F2.8 MACROではそういった挙動を極力抑えられるよう設計しました。「三脚に立ててピントを合わせてから、もう一度三脚を動かして構図を調整する」といったストレスも軽減されているでしょう。

【2】柔らかいボケ味

先ほどお話したように、非球面レンズを3枚も使うと収差や変なうねりのようなものが写りやすいのですが、そういった面をケアしながら、できるだけ柔らかいボケが出るように設計しています。

【3】フォーカスリングのアップデート

F1.8シリーズと同じ外観で開発していますが、実はフォーカスリングをマクロ用にアップデートしています。マクロレンズでMFする場合、特にMFリニアモードで使用する際などは、ピント送りをかなり細かくしないとピントが合わせづらいんです。従来のF1.8シリーズと同じリングの構造だと、少しの調整でもフォーカスがグッと動いてしまうため、ピント送りの加減はかなり細かく調整できるようにしています

【4】印字をややグレーに

レンズ面に印字されているレンズ情報の文字の色を、従来の白からややグレー寄りの色に変更しました。実はこの変更はLUMIX S 14-28mm F4-5.6 MACROから実装されています。

等倍マクロや広角マクロでは被写体にかなり寄って撮影することが多いので、被写体に反射する印字が少しでも目立たなくなるように対策されたものです。

【5】小型ながら距離切り替えスイッチを搭載

既にサイズが決まっている中でスイッチを追加することは中々難しかったのですが、特に3切替スイッチの搭載が非常に苦労しました。FULLとマクロ域の2切替であれば搭載も楽だったのですが、ポートレートなど様々な被写体に考慮して∞~0.5mにも切替ができるように3切替スイッチを搭載することにしました。スイッチや印字などをこの外径形状に収めるのは、地味に難しく苦労しました。

F1.8シリーズの域を超えた、贅沢なマクロレンズ

「F1.8シリーズと同じサイズのマクロレンズ」がコンセプトではありますが、正直中身は全くの別物だと開発メンバーは捉えています。

これまでのF1.8シリーズは寄りの撮影が得意ではなく、クリエイターの皆様からも「もう少し寄れるレンズが出たら・・・」とお言葉を頂戴することもありました。

そういった意味でも今回、F1.8シリーズならではのワークフローが実現できる使い勝手はそのままに、等倍マクロレンズが開発できて本当に良かったと感じています。

世界最小・最軽量(※)のマクロレンズで、機動力を活かした快適なマクロ撮影をお楽しみください!

※AF対応フルサイズミラーレス用交換レンズ、焦点距離90mm以上の等倍マクロレンズにおいて。2024年1月9日現在。パナソニック調べ。

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