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Vento『風』

 整備士のくまくん。
 ノベルティの小さなくま。
 私は、Ventoという頑丈なフォルクスワーゲンの車に乗っていて、命を救われたことがある。 
 黒いVentoは古かったけれど、大好きな車だった。
 黒い車体に、黒いエンブレム。
 甘さが一切ないのが好きだった。
 それは堅牢で重くて、アウトバーンを高速で走っても、アスファルトから浮いた感じは全然しないだろうと思われた。
 
 窓から風を入れて、好きな曲をかけて、夜に海沿いを走るのが大好きだった。


可愛らしい整備士さんなのです。



 ある日の午後、首都高5号線で斜め後ろから蛇行運転の車にぶつかられた。
 狭い2車線で、路肩がある場所は限られていた。
 しかも、路肩とは反対側の追い越し車線を走行していて、どのように左車線にいた車と車の間をすり抜け、ちょうど路肩がある位置に飛ばされたのかわからない。
 休日で、車間はかなり詰まっていたと思う。
 
 5〜6回、回転して前後が路肩のコンクリートの壁にぶつかった。
 そして、逆向きで止まった。
 スピンする車の中で、「人って、こんな簡単に死ぬのかしら?」と思った。
 スローモーションのように感じられた。
 エアバッグって、本当に飛び出すのだ。
 
 無傷だった。
 誰も、どこも痛くない。
 人に話すと、「普通、大変なことになってるよ!」とか、「死んでいてもおかしくない!」と驚かれたものだ。

 誰かが守ってくださっている、という確信。
 感謝しかない。本当に。

 以前も、NYへの直行便に乗っていながら、エンジントラブルでアンカレッジに降りる羽目になったことがあった。
 その飛行機は、次に成田から飛び立つ時にエンジンから火を吹いてニュースになっていた。
 あの時も守られていた。
 白い光に。
 不思議なことに、アンカレッジで友人が撮ってくれた写真に、白い光が差し込んでいた。

 いずれも、何かあるかも知れないという予感めいたものがあった。
 もし、避けられないのであれば、できるだけの準備はする。
 または、本当に危険で行ってはいけないなら具合が悪くなるはずだ、と自ら信じているところがある。

 私は、小さい時から自分が運の良い人間だと、思いっきり、信じている。
 守られていることを信じていると、守っていただける。
 だから、信じることをやめない。

 衝突してきた蛇行運転の車は逃げてしまった。
 青いインプレッサ。
 私は、はっきりと見た。
 逃げ切って見つからなかったけれど、運転手はどんな気持ちでいたのだろうか。
 死亡事故でない限りは、突き詰めないのだとインターネットで読んだ。
 それくらい、件数も多いのかと悲しい思いがした。

 逃げた運転手は、しばらくの間はニュースになっていないか、報道を見ていたかも知れない。

 
 私が白い光に守られていることを、知らないから。
 
 
 小さかった息子が、助けに来てくれた首都高パトロールの方達や救急隊員の方達に、震えながら涙声で、
 「助けてくれて、ありがとうございます!」
と何度も言っているのをみて、泣けてきたことを覚えている。

 でもね。
 命が助かって、どこも怪我がなくて、これは当たり前のことではない。
 「ぼうや、もう、だいじょうぶだからね!」
 と優しい声をかけてくださった方達。
 子どもたちも、いつも守られているのでわかっている。
 たくさん感謝しましょうね!と話した。
 
 くまの整備士さんならぬ、本当の整備士さんにも心から感謝している。
 ばらばらにならずに、硬い鎧で私たちを守ってくれたVento。
 思い出の車。
 
 Ventoとは、イタリア語で『風』。
 
  
 

 


 
 

 
 
 

書くこと、描くことを続けていきたいと思います。