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中国の若者は疲れている

 日本語科二年の女子が「鬱病」でずっと欠席中。
 辛い物もが大好きな彼女をここでは辛子とでも呼ぼう。

 中国の大学は全寮制だが、彼女が故郷に帰って早一か月。
 辛子が戻ってくるかはわからんけれど、とりあえず私の授業はオンライン授業なので、点呼の時だけでも返事しとけと連絡した。
 さもなけれ試験資格を失ってしまう。試験が受けれないということは追試。追試もダメなら落第。

 中国の大学のおそろしいところは留年はなくて単位落としてても必ず進級すること。
 例えば二年で必要な単位落としたら、三年になって三年の授業も受けながら二年の授業も受けねばならない。試験も当然その分増える。
 しかも中国の大学はただでさえ授業が多いので、授業がぶつかることも少なくない。そうなると結局どちらか選ばねばならず、当然片方は授業出れないので試験資格を失いまた落とす。
 
 ほとんど授業に出ない学生というのはつまり返済不可能な借金の利息が雪だるま式に増えていくみたいな感じ。

 韓国のように休学もできないし、日本のように中退もできないのが中国の大学。雪だるま式のまま四年生になり、卒業できず、親も出てきたり、そりゃもう大騒ぎって感じになったりもする。

 とにかく中国は学歴社会。大学を出たか出てないかは大きく職にも影響するし、それだけじゃ足りんっていうので、みんなさらに上の大学院をめざすが、なにせ人口14億の国。その競争率は高くて熾烈。

 子どもの頃から塾だ習い事だと外で遊ぶことも許されず、親も子どもも、いい大学、いい就職、いい生活を目標にとにかく勉強、自由時間もほとんどない。

 その結果、辛子は四年前から学校にいるだけで謎の眩暈が出るようになってしまい、大学生活もままならず、今は帰省し、精神科に通院して薬を飲んでいる毎日。

 この薬ってのが、中国ドラマもそうだし、私の別の学生もそうだったけど、みんな同じ三種類。抗うつ剤、安定剤、睡眠薬。日本もそうだっけ?

 彼女は家にいても毎日泣いていてお母さんに付き添われて散歩したりはしているというが、そんな状況でも大学に戻ってくるという。

私「学校に拒絶反応あるなら別に戻らなくていいじゃん」

辛子「でも私の病気には必要なことだから」

私「自分でそう思うの?」

辛子「いえ、お医者さんが戻れって……」

やっぱりね。ぶっちゃけ中国の精神科は日本の数十年前みたい。まあ日本もイギリスとかに比べたらこの分野めっちゃ遅れてるとはいうけれども。

急な経済発展で昔はなかった心の病が増えてきた。
いや、それが認められてきたってところなんだろうか。
中国の精神科は若者ばかりで小学生までいるという。

前にもすぐ死ぬと騒ぐイケメン男子学生がいたが、彼が送ってきた精神科の写真は中国語ででかでかと入口に「精神科」と書かれていて、

「僕はここにまた戻ってきてしまった……」

と毎回彼が犯罪者のように打ちひしがれるのも納得の仰々しさ。

その彼からよく精神科の話は聞いてたので、辛子が医者に大学に行けと言われたって話も納得する。まあ、国によって対応はちがうんだろうし、日本だって一昔前までは鬱病は甘えだとか発達障害は遺伝だとか言われてたし、もしかしたらいまだにそう言う人もいるのかもしれない。

何にしても心が疲れて周りと足並みそろえられなかった若者たちに対しての受けどころみたいなのが欠けてるように思う。

だからこそ私は辛子にも言う。

「学校への抵抗も欠席もOK。どんな辛子も私はYES」

それでも大学は彼女に戻るよう要求しているというし、戻った彼女はまた過酷な日々を過ごすだろう。

まあ、とにかく今私ができるのは、これから雪だるま式に積もっていくだろう単位をとるための助けを少しでもすることだ。

常に授業で全員と対話、交流する私の授業に彼女が臆しているのはすぐわかった。

「先生、私は授業中声が出ない。人と話せない」

そう彼女が言うので、

「いいよ、無理しなくて。点呼だけでもいい」

携帯で聴いてるだけでもいいし、それもできないならしなくてもいい。

できることなら逃げたっていい。でも辞めることもできず大学に連れ戻されてしまう彼女は何としても卒業するしか解放の道はない。

じゃあ、卒業したら解放なのかというとそれがそうでもない。

同日、別な卒業生から私に連絡がきた。

彼は仕事を辞めたという。

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 彼の名前は鼻毛君。初対面の時鼻毛が強烈だったので、心の中でそう呼んでいる。

 鼻毛は日本語科ではなく、物理学部だが、大学を決める試験で不本意な結果に終わり、物理の設備も何もない地元の大学に入ることになった。

 出会ったばかりの当初、鼻毛はものすごく絶望していた。彼は感情が高ぶりやすく、その時も何か高ぶっておられたけれど、私は鼻毛が出てるなー、鼻毛くんと呼ぼうと名づけ、その時、色々話を聞いて以来、彼には啓蒙先生と呼ばれて慕われている。

 鼻毛は日本語に目覚めて日本語を独学で勉強。もともとこだわりが強く過集中気味の彼は見事日本語を活かして大連の大学院に合格。本人の希望通り田舎から大都会へ脱出。大学院を卒業後は大連の日系企業でソフトウェア開発の仕事に従事。給料はよかったという。

鼻毛「中国の若者はみんな都会で稼ぐことを目標にしている。でも現実はとてもつらいものだった。給料の高い仕事を選んだが、実際は日本語を活かすことよりも技術面の要求が高く、努力はしたが自分には合わないことだった」

私「まあ、それがわかったんだから無駄な経験じゃないよ」

鼻毛「今は家に戻った。でも仕事がない。安定しない。怖い」

私「心配するな。私、人生で何度も無職経験してるから。なんとかなるわ」

鼻毛「公務員試験受けようかとも思ってる。でも今は何も考えられない。不安」

私「今はとにかく休みな。心と体が健康ならなんでもできるから。不安な状態で何か決めてもろくなことないからさ」

鼻毛は本当に疲れ切っていた。

 聞けば大学院時代はずっと先生にいじめられていたという。まあ、鼻毛は癖が強いし相手が誰でも自分の意見をはっきり言うところはある。
 中国では先生はとにかく尊敬の対象だし、聞いたところ、自分のミスを認めず謝らない先生もいるとか。
 私みたいに友達感覚で距離が近い先生はほとんどいない。
 まあ、なーんか、鼻毛ちゃん、先生に余計なこと言ったのかもな―とは思ったけれど、鼻毛は努力家だしいいところもあるし、先生は学生の特性を見極めて資質を伸ばしてやるのが仕事じゃないのーとマイポリシーとしては思っちゃうんだけど、まあ、鼻毛曰く「いじめられて」大学院生活はつらかったらしい。

 で、解放されて念願の「都会の稼げる企業」に華々しく就職したけど挫折。

そんな鼻毛もOKでYES

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 そういや別の学生は、転職で悩んでいた。

 彼女は営業の仕事がストレスで向いていないと悩んでいた。

私「じゃ、辞めちゃってもいいんだぜ。逃げてもOK。そうしたいならYES」

 その彼女は今、日本語教師になって地元でがんばっている。

 中国では多くの学生が、大学を卒業して大学院を出て公務員か教師になって安定するコースを選ぶがそれも飽和状態。

 都会に出て稼ぐことを夢見る若者も多いが、挫折して田舎に戻って再就職も多い。

 私はそんな彼らにいつも「それもOK」「それもYES」と言い続ける。

 辛子が大学に拒絶反応おこすのも、逆に心が健全な証拠じゃないかとも思う。一人一人みんな幸せの形、めざす生き方はちがっていいはずなのに、あまりにも「これが幸せの形だ」ってのが強すぎる。

 極端な話、学校なんて、学者や研究者になるわけでもないなら、大学院まで行く必要もないし、職人とかになるなら、中卒や高卒で早く技術を学び始めた方がいいし、その職種によって必要なものはちがう。

 そんな早くに仕事が決めれないっていうのは、学歴積み上げるコースが決まり切ってるからなんじゃないのかってのを思う。

 そして仕事を選ぶ可能性の幅を広げるためにもとりあえず大学までみたいな風潮。私もそうだったし、確かにそれで可能性の幅は広がった。でもそのためだけの大学のモラトリアムにそこまで意味はあるんだろうか。

 自分の国を誇り未来に希望を持ってきた中国の若者たち。
 でも今その若者たちがとても疲れてしまっている。
 
 周りの大人の言うことを信じて「これが幸せになる道なんだ!」と日々努力してきた結果、ある日突然「あれ?こんなはずでは」なんて、混乱してしまう彼等に、私にできることといえば、「それもOK」「それもYES」と言い続けることだけ。

 私は外国人、私はいわゆる「しくじり」まくり、無計画極まりない人生。彼らのもつ幸せへの固定概念もない。でも否定はしない。ただ同じようにオリジナルの人生を作っていっている仲間で先輩として、応援している。ただそれだけ。加油(がんばれ)


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