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AwBH 第9章 訳者雑感

 ア ン ナ 半 端 ね え 。

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※本記事は『鱗羽の天使』本編の核心的なネタバレを含みます。未プレイの方は引き返すことを強くお勧めします。

『鱗羽の天使』本編で終盤まで黒幕の風格を漂わせ、主人公(大使)と激しく対立し、物語を盛り上げたマヴェリック。重要な役割を担った彼ですが、本編での描写は断片的なものでした。AwBH第9章はそんなマヴェリックに焦点を当て、さらにマヴェリックの兄であるマイルス、そして本編開始以前に交際していたアンナとの関係性を描いています。

…とそれらしく要約してみましたが、ぶっちゃけ本章の8割くらいはマヴェリックとアンナの事後から始まるピロートークもとい猥談です。次々と明かされる赤裸々な三角関係に終始引き気味のマヴェリックですが、そんな彼氏の様子などお構いなしに全力で突っ走るアンナの勢いに恐怖すら覚えたという読者の声もちらほらと聞こえてきました。

物語的な見どころが多いとは言えない章ですが、マヴェリックとアンナの猥談ではスラングが飛び交い、いくつかの遠回しな言及に関しては英語圏の読者の間でも解釈が割れていました。訳者としてもなるべく原語のニュアンスを残しつつ文字長が吹き出しに収まるような翻訳を心掛けたつもりではあります。しかしながら推敲や意訳のプロセスで失われてしまった可能性のある情報については雑記の中で(noteに書ける範囲で)補足させていただければと思います。試験に出ない英語の知識を増やしたい方はお付き合い下さい。

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導入部分から既に飛ばし気味のアンナ。彼女の台詞を皮切りに最初から最後まで頻発した俗語にcock block(er)があります。まあ読んで字のごとくではあるのですが、男性器を妨害する(もの)から転じて、性交渉、つまりお楽しみを邪魔する(もの)、という意味をもつスラングです。マヴェリックが復唱するのを躊躇っていることからも察しがつくように、かなり汚い俗語ですね。このような表現を躊躇せずに使っていることからも、アンナがいかに大胆であるかがよく伝わってきます。どう訳すか悩みましたが、"ハメるのを邪魔する"としました。原語のニュアンスを表してくれていると良いのですが。

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コミックでは初登場となるマヴェリックの兄弟、マイルス。本編では回想シーン限定で登場し、マヴェリックが変わってしまった直接の原因として鮮烈な印象を残しました。本編では"兄弟"とだけ言及されていた二人の関係性ですが、本章のアンナの台詞によって彼がマヴェリックの兄であることが確定。これについては意外だったという反応も多く見受けられました。あと身内からはマヴィーとかいうやけにかわいいニックネームで呼ばれていたようです。かわいいねマヴィー。

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マイルスは何らかの公園を建設する慈善事業に従事していたようです。恐らくは本編に登場したタツ公園(Tatsu Park)のことでしょう。タツ公園は本編でエメラやカツハルが言及している通り、比較的最近になって開園した公園です。同時に、同公園で行われている夏祭りが例年開催の行事であるという認識をレミーが持っていることから、開園後数年は経っているものと推測できます。つまり第9章は本編開始の数年前であり、アンナとダミオンが登場した第5章よりも前と考えられます。

二人のやりとりの中で、マヴェリックがマイルスに偽のバッジを手渡すシーンがあります。何のバッジかについて詳細な言及はありませんでしたが、マヴェリックが既に警察機関で働いていることを強く示唆する台詞が複数ありますので、偽の警察バッジと見て間違いないでしょう。この時点でのマヴェリックの役職が何であれ、非常にリスクの高い背信行為のような気はするのですが…それだけマイルスとの間の絆が深かったということでしょうか。マイルスの真意と偽のバッジを求めた理由については今後のコミックに期待です。

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7章の飲み会の後のテーブル

余談ですが、マヴェリックとマイルスが使用しているグラスが普通の形状をしていますね。この世界には四足歩行の竜のために用意されたボウル状のグラスがあり、7章にも同様のボウルが登場しているのですが、この店にはそういった配慮がなかったのでしょうか…単純な作画ミスかもしれませんが。

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場面は変わって事後。長いピロートークが続きます。

"That's a bit like asking if the Dino or the egg came first."
"それって「恐竜が先か卵が先か」の質問みたいね。"

鶏が先か卵が先か、ですね。日本語でも慣用句として定着しているジレンマですが、竜たちの世界ではまだ鶏が誕生していないため、鶏の代わりに恐竜という訳です。イズミ曰く、人間によって手が加えられていない恐竜たちはそのままの状態で生存競争に晒されていたようですので、ドラゴンたちにとっても恐竜は十分に既知の存在なのでしょう。

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"We've talked about how we felt about open relationships before."
"オープン・リレーションシップについてお互いどう思うか、以前にも話しただろ。"

オープン・リレーションシップとは、交際関係にある二人がそれ以外の第三者、さらにはもっと多くの相手との恋愛、肉体関係を許容するという関係です。アンナは確かにマヴェリックに無断でマイルスとの関係を持っていましたが、二人はオープン・リレーションシップの関係に同意していたため、そもそも不貞には当たらないだろう、というマヴェリックからのフォローですね。

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それを聞いて(?)調子が出てきたアンナは次々とぶっ飛んだ提案をマヴェリックに持ちかけます。最初はhot cocklesです。

hot cocklesとは、16世紀から17世紀にかけてヨーロッパで流行していた子どもの遊びです。鬼(?)となるプレイヤーは誰かの股の間に頭を挟み、それ以外のプレイヤーが鬼の尻を蹴ったり叩いたりします。鬼は誰が自分を叩いたのかを言い当てます。見事、叩いた人物を言い当てれば鬼の勝ちで、それ以上は叩かれずに済みます。外れるとプレイヤーが交代してまた鬼を叩き、鬼が言い当てるまでこれを続けます。

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via evejulianaondisplay.typepad.com

白亜紀末のドラゴンたちがなぜ人間世界の16-17世紀に流行していた遊びを知っているのかという野暮なツッコミは置いておいて、つまり上記の画像のような体位での3Pを暗示しているのでしょう。(もっと直接的にそういうプレイに誘っている可能性もあります)

hot cocklesには惹かれないというマヴィーに別の提案をするアンナ。

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"Maybe you could even use the opportunity to explore your feminine side."
"あなたの女性的な一面を探究できるチャンスを活かしてみたら?"

はい。受けに回れってことですね。しかも前の文脈でマイルスが参加することで見えてくる無限の可能性について想像を膨らませろとアンナが発言していますので、マイルスが加わる、つまり彼が攻めでマヴェリックは受けに回れと示唆しているのでしょう。兄弟でお楽しみの間にアンナは何をするのかって?知らん。アズクハルに聞け。まあ一応、アンナが何らかのサポートを得て攻めに回る、という可能性も否定はできません。お好みで妄想して下さい。

ア「三人でしよ」
マ「兄貴だからヤダ」
ア「いいじゃん兄貴が攻めでお前は受けな」
マ「(絶句)」

地獄かよ。大丈夫?マヴェリックが精神を病んだのってアンナのせいじゃない?かなりドン引きで拒否するマヴェリックですがアンナは止まりません。じゃあマイルスと私がするからあなたは見ていてよと提案します。

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"You could at least watch."
"見てたらいいじゃない。"
"No thanks. I'll be miles away."
"嫌だね。直視できない(miles away)よ。"
"Miles away?"
"それダジャレ?"
"Pun not intended."
"たまたまだって。"

英語の語呂合わせですね。miles awayは便利なイディオムです。単純に距離を表す表現として

"That house is miles away from here."
"その家はここからはるか遠くにある。"

のように用いることもできますし、

"I'm miles away from understanding my new job."
"新しい仕事を理解するにはまだまだ程遠い。"

といったように状況を推量する表現としても用いることができます。ここから転じて心がはるか遠くにある、つまり放心状態や、ぼーっとしている状態を表す表現としてもbe miles awayが用いられます。今回のケースはこちらですね。miles awayをマヴェリックの兄の名前、マイルスに掛けているわけです。もっとも、マヴェリック自身はダジャレのつもりで言った訳ではなかったようですが、アンナは見逃しませんでした。このダジャレをそのまま日本語に翻訳することはできないので、該当する台詞は意訳しています。

次の第10章はレザ編ですが、こちらは既に先行公開され完結しています。次章は第11章、本編に登場した孤児の竜、ヴァラとその家族の物語が描かれます。

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本記事は『Angels with Broken Hearts』の日本語訳プロジェクトです。
オリジナルの公式HPはこちら
http://angelswithbrokenhearts.com/

この翻訳記事は制作者の許可の下で行われている公認プロジェクトですが、訳文はファンによる非公式翻訳です。公式は訳文に一切の責任を負いません。訳文についてお気づきの点は訳者までお寄せください。

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訳:Luptas