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病歴49:薬剤性肺炎4週目

このままでは、8月は病院から一歩も出ないまま、終わりそうだ。
猛暑だ新記録の暑さと言われるニュースを聞きながら、私の避暑生活は今日も続いている。
元気のよい入道雲を見たいと窓から空を見上げるのだけど、段々と雲が変わってきてしまったようだ。
ビルの屋上でもトンボが数羽、姿を見せてくれたり。
季節が変わるのを感じつつ、外の暑さを想像しては、また、涼しい病室のベッドの上に戻る。

4週目に加わったのは、リハビリテーションだ。
呼吸器科の専門の看護師からセルフケアについてのパンフレットなどをもらったが、せっかくなのでリハビリを希望した。
そして始まったのが、作業療法士さんのプログラムと理学療法士さんのプログラムだ。それぞれ別である。
ここで素人っぷりを丸出しにするならば、作業療法士さんと理学療法士さんの違いや線引を私は明確にわかっているとは言い難い。
OTとPT、どっちがどっちだっけ…と混乱することもあったりする。STさんが言語聴覚士さんというのは、割と最近に覚えたせいか、混乱しないのだけどなぁ。

やはり、退院後の生活をどうするか、どうなるか。そこが1番の問題。
初回のアセスメントで、筋力は大きく弱っていないと及第点をもらった。入院期間が長くなってくると、人によってはフレイルが要注意になるだろうから、そういうアセスメントかな?と推測して、好奇心に目がキラキラしちゃったと思う。
次のアセスメントは、実際に歩いてみよう、になる。たとえば、6分間、オキシパルスメーターをつけながら、どれぐらいの血中酸素濃度になるか、脈拍になるか、どれぐらいから苦しくなるか、歩き終えた後のリカバリーにどれぐらいの時間がかかるか、喋りながら歩いたり黙って歩いたりすると違うか、酸素吸入量をかえるとどうなるか。
一事が万事、このように実験していくのだ。

リハビリでは、歩くのが早いと指摘された。
ちょっと、心外。
一人で歩いていた時は、歩きながら体の動かし方、歩き方を変えながら歩くようにしていた。
両手で酸素ボンベを押すと、容易に前かがみの高齢者のような姿勢になると判断し、なるべく片手で押し、もたれて頼らないように意識する。
背筋を伸ばし、顎を引き、膝を柔らかく、足の裏を柔らかく、歩く。
時には、膝を上げるように意識してある体見る。
時には、左右に体重の移動があるように体を揺らしながら。
時には、太ももの付け根、尻からまっすぐ大きく前に足を出すように歩いてみる。
そんな風に歩き方を変えてみるのだけど、1番、自分らしい歩き方は、しゃっしゃと大股に風を切るような歩き方なのだ。
だから、早いと言われても、これで自分なりに精一杯ゆっくり歩いているつもりなのだから、困る。

困る場面は、データを取るうちに、だんだんと明確になっていった。
食事中にも、ふっと血中酸素濃度が90ぐらいに下がることがある。去年の夏に食事中に意識消失したのも、もしかしたらこれ?
トイレでも同じようなことが起きる。排泄時に腹圧の関係で、数値が下がるらしい。SPO2が80代まで下がったことがあって怖かった。
喋ると、息苦しさのあまり、むせるように咳が始まって、モルヒネを必要としたこともあった。
そういう血中酸素濃度が急に下る危険な場面を洗い出し、それが酸素を吸入しながらでも起きるかどうかを実験する。
酸素量を変えてみたらどうなるか、データをスタックしていく。

負荷の大きな場面の1つに入浴もある。病院の中では浴槽はなく、シャワーだけだ。
延長のチューブを付けてシャワー中も酸素吸入することも可能であるが、後で濡れたチューブを拭き上げる作業が面倒で、ついつい酸素を外してシャワーを浴びたくなる。
だって、顔を洗う時も邪魔なんだもん。
その結果、入浴時はSPO2が下がるよりも脈拍が130や140とあがってしまい、苦しくなる。
部屋に戻ってから、苦しさのあまり、呼吸がうまくできなくなり、モルヒネを使ったことも何度かあった。

こういった場面ごとの血中酸素濃度と脈拍を、自前のオキシパルスメーターをいっつも左手の人差し指につけながら、紙に書きつけている。
時々、さぼったりもする。

特にトイレは困った。
就寝時に酸素吸入のカニューレは装着していたものの、肝心の酸素が供給されていなかったことがあり、酸素ボンベと病室の酸素とのチューブの付替えから酸素濃度の設定まで、看護師さんにお願いすることになっている。
だからといって、トイレのたびにナースコールするのは気が引けるし、間に合わなくなっても困るし、夜中だと余計に申し訳ないし。
話し合って、ボンベを借りっぱなし状態にして、チューブの付替えとボンベのほうの酸素濃度の調整はさせてもらうことになった。
部屋に設置してあるほうの酸素吸入の酸素量の確認や調整は、看護師さんにおまかせする、という形に落ち着いた。
それでも、気軽にトイレに行きづらい感じがして、億劫で、ついつい我慢しがちになっているから、いけないなぁと思う。

そんなわけで、この1週間は、血中酸素濃度や脈拍の記録と、リハビリなるものを体験せむとて始めたり。
更に、ステロイドの点滴の量が減って、注射に転じた。すると、動画を観る時間がなくなった。
なんだか、ばたばたと毎日が過ぎていき、活動量が増えてきた。
すると、当然のように疲労もするわけで、ぼーっとしているつもりが頭がしーんとしてきて、気づいたら低酸素状態だったり。
入院生活って、もっとゆっくりしているものじゃなかったっけ。

この四週目の週末に早ければ退院という話もあったのだけれど、それは流れた。
十分に回復していなったというのもあるし、在宅酸素の準備が進んでいなかったというのもあるし。
中途半端なことをされるよりも、私だって必要な治療があるなら必要な時間をかけてほしいとも思って、主治医の「もう少し時間をください」という言葉にOKした。
だがしかし。
その主治医は、実は今日までの勤務なんですと言って去っていったのも、この週の話。
噂によると留学らしい。行った先でがんばってもらいたいものである。

で。
どーなる、私。

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