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病歴58:アピアランスのこと

数日前、髪を染めた。
昨年の7月に抗がん剤を終えて、髪が再び生えるようになってから半年。
G.I.ジェーン状態を通り過ぎて、ベリーショートぐらいにはなった。
以前もこれぐらいの長さになった時、美容師さんに色で遊ぶことを教えてもらった。
その時は、ぱっと見は目立たないけれども、光の当たり具合によって、気づく人は気づくぐらいに、赤に染めてもらった。

私は、美容室迷子になっている。
昨年の抗がん剤治療開始まで通っていた美容室は、もう長く通った場所だった。
美容師さんが店を変わるたびに、ついていって3店舗か4店舗目。
その美容師さんとは10年どころか20年近い付き合いだったと思う。

違う美容室に行くことを決めたのには、理由がいくつかある。
一つ目には、これまで通っていたところは駐車場がなく、近隣の駐車場に停めてから少し歩かねばならなかった。
在宅酸素療法を使うようになったこともあって、歩いての移動がとてもつらく感じるようになったので、そこに通うのが大変になったというのがある。
二つ目には、美容師さんが私の数度目になる再発に、その方がショックを受けたように感じがことだ。
抗がん剤治療が始まるので髪をできるだけ短く、剃ったかのように短くしてほしいとお願いした時の、その美容師さんの様子に、もう頼みづらいと感じてしまったのだ。

私のがんは慢性疾患だと人に話すことがあるけれども、もう16年だか、17年だか、それぐらいのつきあいになる。
今も、不活発な状態ではあるが、腫瘍は腹の中にある。
治ることはない。そういうものだとあきらめて、抱えていくしかないのだと思っている。

しかし、人は、「病は治る」と思いたいものだ。
治療を受けた。今回は治療が必要のない状態になった。
それは、私にとっては「治った」ことではないのだが、人は「治った」と思いがちで、「治った」と思いたいのだと思う。
治らないで繰り返す、その事態に、耐えられる人と耐えられない人がいる。
美容師さんは、治ったわけではない、何度も繰り返す、そのことを、私以上に悲劇的に受けとめたのではないかと感じた。

なんと言っていいかわからない、その言葉を失った姿は、とても誠実なものであった。
だからこそ、私はその方を治らない物語にこれ以上付き合わせることが、心苦しくなってしまったのだ。
だって、私は治らない。これからも繰り返す。
心理職というのは、そういう治らない物語を抱えて耐えられることを求められるし、それが職業的なトレーニングのたまものなのだけども、そういうトレーニングを受けていない人に求めてはいけない。

その後、髪の抜けはじめてからと、生え始めてからに、行ってみた美容室がある。
そこでは若い男性が担当者となった。いっそ、男性の方が短い髪にショックを受けずにいてくれるのかな、と思ったりした。
通いやすい場所にあるし、お値段もそんなに高くないし。感じも悪くないし。
でも、そのお店は予約が難しかった。とあるアプリで申し込むのだが、前もってどういうサービスを受けるかを決めて、メニューから選ばないと予約ができない。
髪型をどうしたらよいのか、相談する前に決めなければいけないというのは、私にとってハードルが高い。
トリートメントが何種類もあり、髪を染める薬剤も何種類もあり、ブリーチは別で、これを前もって客が決めるって無理じゃないかと頭を抱えた。
相談できないということは、今後どのような髪型を目指すかを話し合いながら、その日のケアを決めるというプロセスが踏めないということだ。

もう一つのお店は、もっと予約が取りやすかったけれども、決定的に担当してくださった方が苦手な雰囲気で、こりゃあだめだと思った。
洗髪の時に爪を立てられて痛かったのも、減点だ。
近くて、安くて、通いやすさでは一番だったけど、論外だ。

髪が少し伸びてきたところで、少しずつ今の状態を楽しみながら、もう少し伸ばしていきたい。
できれば、今後、どういう髪型にしていくのがいいか、展望を話し合いながら、今の状態にあったものを提案してくれるようなお店はないものか。
そう思っていたところ、知り合いの紹介で、ちょっとお高めの美容室に思い切って行ってみることにした。

初めてのお店であるから、自分の状態と、自分が求めているものを説明しなければならない。
こういう髪型にしたい、というのが、自分にはよくわからない。どういう髪型が似合うというのも、よくわからない。
長く通っていた美容室では、美容師さんにお任せするだけでよかったから、本当に楽だった。
でも、そこには行かないのだから、言葉にしなければならない。

昨年、抗がん剤治療を受けて、つるつるにはげた状態から、やっとここまでのびたこと。
治療の副作用で、これまでなかったぐらいに太ってしまい、それまで持っていた服はなにも着れなくなってしまったこと。
自分の好きなスタイルは横に置いて、手ごろな値段で入るサイズの服を慌てて揃えて着ていること。
身体も、顔も、変わってしまった自分が、嫌で嫌でたまらないこと。
話すうちに涙が出た。

私は、自分が嫌でたまらない。
ああ、そうだったんだ。と、腑に落ちた気がした。
この数か月、抑うつがひどくなる一方なのも、そりゃそうだ。
今の自分が、自分らしさを失って、自分であると受け入れることが難しくて、じたばたともがき続けている。
生きること、存在することの苦痛が、べっとりと自分の中に染みついて取れない。
特に、パートナーの前で申し訳ない気持ちになる。年を取ったのはお互い様だと言ってくれるけれど、前だって美人だったわけじゃないけれど。
体重はこの半年で、6kgは減らしたけどね。あと6kgは少なくとも減らしたいけどね。

すると、美容師さんが明るい色にしましょう、と言った。
最初は私の肌の色には青か緑があうと言っていたのだけど、それだったらあったかい色にしましょう、と言ってくれた。
私も数年前の赤を入れた時の、周りの評判のよさを思い出して頷いた。

そしたら、とっても明るい色に仕上がった。
ブリーチをしっかりいれて、そのうえで染めたので、どこからどう見ても明るい。
一瞬、ブリーチしただけの金髪も、結構、似合って見えたので、染めるかどうか迷ったけれど、染めてもらって楽しかった。
ピンクっぽくも、オレンジっぽくも見える。正面から見ると、カッパーか。
家族はもっとはっきりとした色(濃い色? 真っ赤とか、ショッキングピンクとか??)にしてくると思ったらしく、あんまりはかばかしい反応ではなかったけれど、数時間してよい色だと言ってくれた。

帰り道、髪に合わせた明るい色の眉墨を買った。
もう少し、元気になれますように。
もう少し、自分を好きになれずとも、自分を許せますように。
惜しむらくは、短いので鏡を見ないと自分じゃ見えないんだよなぁ。
ちぇー。

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