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【最期寿司】 #逆噴射小説大賞2023

 老舗『なりた寿し』の板前、成田セイゴはまだ二十代中頃ながら、握りの腕も包丁さばきも、店主である父ロクゾウに引けをとらなかった。
 そして、すれ違った者は残らず目を奪われる、端麗にして精悍な顔つきの男だった。
 客たちはこぞってセイゴの力量と容姿を褒め称えた。政治家や財界人の客はみな、この若人がうちの息子であれば、養子にこないか、などと半ば本気で言うのだった。
 父ロクゾウは、いいえ倅はまだまだです、といいながらも、息子への称賛を聞く度に、その目尻を少しばかり下げていた。年老いて出来た長男を可愛がり、誇りに思っているのが見て取れた。
 そのセイゴが消えた。

 週刊誌の記者、笹門ギドウがセイゴの失踪を聞きつけた。ギドウはネタを嗅ぎ分けることに天性の才があった。
 あの店の常連客は地位ある者ばかり、そのお気に入りの板前が消えただと? 何かある。知ってはならんことを知ったか? ヤクザ絡みか? ただの失踪じゃあるまい、芋ヅル式にデカいネタに辿り着く筈だ。

 深夜のファミレス、ノートPCに取材対象の候補を並べ、うち数名にメールを送る。
 そのまま早朝までリサーチを続けていると、向かいの席に割烹着姿の老婆が座った。早朝のファミレスに老人は珍しくもない。だがこの老婆の右手には、牛刀が握られていた。
 メール数本で数時間後に刺客とはな。そこまで探られたくないか。

「成田セイゴを探してる記者はお前か」
 
 返事次第では刺される。答えあぐねていると、老婆はスマホを操作し、テーブルの上を滑らせた。画面に写っているのはセイゴだった。

「成田セイゴを探してる記者はお前か」

 ギドウは気づいた。写真の板前の右肘から先が無いことに。ヨレたジャケットの右袖は血に濡れ、平べったく揺れていた。

「お前だな」

 突き出された牛刀が、盾代わりのノートPCを引き裂いた。椅子ごと背後に倒れ込み、刃先を躱す。視界の端、血の海に沈んだウェートレス。

【つづく】

#逆噴射小説大賞2023