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知っていた、信じてた。 #月刊撚り糸

 海を眺めて生物の歴史を知る、空を仰いで世界の小ささを知る、そんな高尚な人間にはなれなくても、ケイは充分幸せなのだと自認していた。
 ケイは、特別頭のよい人間でもなく、特別見目の整った人間でもない。特別友人が多いわけでもなければ、資産家の家庭に育ったわけでもない。
 それでも、幸せなのだと思う。そう信じて生きてきた。

 信じることと知っていることは似ているけれど反対だ。


 ケイの友人に、リョウという人物がいる。小さく可愛らしく、くりくりとした目がまるで小動物のような、ほんわかとした存在だ。リョウはケイにとって、最も長い時間をともに過ごしてきた友人である。けれど、リョウにとってはその限りでない。また、リョウはケイにとって、なんでも初めにものごとを共有したい相手である。けれど、リョウにとってはその限りでない。
 それでもケイは、そう信じていた。


 ケイのSNSに、ひとつ投稿があがってきた。リョウの投稿である。
 その薬指にあって輝きを放つ指輪。
 ケイはなにも、聞いていなかった。


 本当はずっと前から知っていた。リョウにとってケイはいちばんではないこと。その他大勢の中の、一角に過ぎないのだということ。

 けれど信じていた。ケイにとってリョウはいちばんであると。ずっと、はじめにいるべき人物だと。


 信じることと知っていることは似ている。
 けれど向かう刃先は反対だ。


 ケイの糸が、ぷつんと切れた。

 信じる現実を得られないのであれば、海を眺めて生物の歴史を知る、空を仰いで世界の小ささを知る、そんな高尚な人間になれた方がよほどよかった。ひとりで完結して、それでも世界と繋がって、そんな人間であった方が。


 本当はずっと前から知っていた。
 そうはなれない自分であると。


 ケイは皮肉な笑みを微かに浮かべて、リョウの投稿にコメントを残した。目尻をついと拭い、窓の外を眺める。

 空は青く広かった。けれど世界が小さいとは、どうしても思えなかった。



【完】


#月刊撚り糸

#ずっと前から知っていました

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