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【俳句】ゆめにほろほろ

よく夢に出てくる男がいる。
あいつが夢に現れた朝は、いつも少し忌々しい。

ぼくはあの男の後輩で、後輩のくせに生意気な口をきいた。
ぼくの生意気さを、あいつはどこかよろこんでいた。
ぼくは目敏くそれを見抜いて、そして知らないふりをした。

あの男はぼくを「女」だと言った。
ぼくの身体に触れるのを、愉しんでいた。
触れた時に顔をゆがめるぼくの表情を、愉しんでいた。
つき合っている女性がいても、
浮気をやめないどうしようもない男だった。

当時から女性嫌いの傾向があったぼくは
「女」に譬えられるのも、
身体目的の女達にしているに違いない指づかいにも
抵抗があった。
ある日、集合写真を撮った。
一番後ろの列に立つぼくのとなりにあいつは来て、
そうするのが当たり前のように肩に腕をまわした。
重たくて太い腕だった。
写真を見た女が、さも大事なことのように教えた。
写っているぼくはうれしそうな顔をしている、と。
それじゃあまるで、ぼくがあいつの指を
待っているみたいじゃないか。

その頃のぼくは次第に
自分の性的な指向を認められない男には
うんざりするようになっていた。
「女」の身体だから、いくらでも触っていい。
それは、どういう理屈だろう。
そう言って、いやらしく笑いながら
僕に身体を近づける。
やっぱりこの男も、他のとおなじ。
自分の中の別の自分に気づきたくないだけか。
要は、ぼくに男を見る目がないのだ。

あいつに最後に会った日の顔を、今でも憶えている。
口もきいてくれないくらいに嫌われていた。
でも先にこころが離れたのは、ぼくの方だった。

数日前にまた夢に現れた。
なぜかひどいお爺さんになっていた。
相変わらず、うっそりと背は高いけれど
猫背で、顔も哀れなくらいにたるんでいる。
毎日のように会っていた頃は
一度も夢に現れなかったのに。
なんでこんなになってから、やって来るんだ。

あいつが夢に現れた朝は、いつも忌々しい。
やっぱり、あの頃に言っておけば良かったのだろうか。
あいつが聞いたら吹き出してしまうに違いない、
ぼくの気持ちを。


     花おぼろ夢のなかではふれもせで   梨鱗


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