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【俳句】綿虫

 
 
   綿虫やバスの消えゆく夕曇り     梨鱗
 
 
綿虫を初めてこの目で見たのは、3年前ほどです。
山の中、たそがれ時のバス停でした。
 
白い綿のようなものを身体から分泌し
それをまとった姿で宙を浮遊する、冬の虫。
からだは小さく、2ミリほどだと。
本で得た知識で想像するその姿は、それまでずっとあやふやでした。
 
一度見てどんな姿か知ると、
次からは、綿虫を見つけるのがうまくなります。
ああ、今日は前庭に綿虫が飛んでいるな、と知れば
こころをはずませ、けれど静かに窓辺にたちます。
 
どんよりと曇った日に現れることが多いようです。
そして天高く飛び立つわけでもなく、ふつと消えてしまう。
いつのまにか見失うような消え方です。
3年前に初めて見たと思っていましたが、
粉雪のような姿の、このような消え方をする存在を
以前から見知っていた気もします。
別名を、雪蛍とも雪婆ゆきばんばとも言います。
 
今日は綿虫のすがたが鮮明に見えます。
背にのせた白い綿も、
羽のふるえも、ふるえる度に返す薄日もありありと。
でも、数メートルも先で飛んでいるのです。
2ミリほどの小さな虫の細部がこれほど見えるなんて
ありうるのでしょうか。
 
なぜ、わたしは俳句を詠むのでしょう。
俳句を詠むとは、畢竟ものの名を知るということではないでしょうか。
名を知るとは、目の前の景色を新たに塗り替えていくこと。
俳句を通して、今までとはちがったように見える現世うつつ
それなら、数メートル先で羽ばたくほん数ミリの翅が
鮮やかに見えたとて、おかしくはありません。
 
綿虫が今日もまぼろしのように消えました。
そのいた辺りには、薄っすらとしたかなしみに似たものが漂いますが
わたしの胸には、かすかなよろこびが残っています。
それは遠い記憶のどこかとつながるような、
懐かしい、ふしぎな感覚なのです。
 
 
   とほき樹の童にたれ雪ばんば




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今年の投稿は、この記事でおしまいです。
また来年、お目にかかりましょう。
よいお年を。




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